a Day in the Life −人生のある一日−

04 : MERCENARIES

2003.05.05.

 “保健所”。
 最初ココに放り込まれたとき、そう思った。
 本当は同期入隊者の頭数が一定数に揃うまで一時的に待機している場所なのだが、どう贔屓目に見ても保健所としか呼びようのない所だ。とは言っても、それまでいた場所が場所なだけに。明るくそれなりに清潔で、僅かながらでも自由とプライバシーの保てるこの“保健所”は、まるで天国のように感じたよ。
 何ヶ月振りかで、人間らしい生活を送っているという気になった。それでも、一般人のあんたらから見れば、家畜同然の生活なのかもしれないけれど。あそこと違ってここは少なくとも俺を人間として扱ってくれた。何よりそれが嬉しかったよ。
 煙草の煙で霞のかかった食堂兼娯楽室内では、暇を持て余した男が二十人近くたむろしている。それぞれがそれぞれの方法でゆっくりと流れる時間を浪費していた。雑談や、カードゲームに興じる者も居たが、大半は外を眺めて物思いに耽るか雑誌を読むかして訓練所に送られる日を待っていた。
 そこに居る間――U.B.C.S.に正式入隊して訓練が始まった以降もだが――俺たちはココに拾われるに至った経緯やそれぞれが抱える過去については、一切語り合わなかった。自分から話し始めない限り、酒で酔った弾みとかいった特別の場合を除いて、相手の過去を知る機会はなかったな。迂闊に訊こうものなら、返事は拳と相場は決まっていた。
 詮索はしない。
 傷の舐め合いもしない。
 それがここでの、暗黙の諒解だった。

     * * * * *

 この待機所に放り込まれて三日目。
 昼過ぎに娯楽室で雑誌を無為に眺めていたとき、俺はそいつに気が付いた。
 今朝迄は居なかったそいつに何故か目がいった。新顔だからってのももちろんそうだが、最大の理由はその風貌だ。こんな所に来る人間にしては、あまりにも若すぎる。
 ここに集められているのはどういうワケか壮年に属する年齢の男ばかりで、平均年齢は30歳を軽く越える。海兵隊時代は古参、とまでは行かずとも中堅ではあった26歳の俺でさえ、この中にいては浮く程若いと言うのに。多分そいつは二十歳そこそこに違いない。
 多分これまでに身に付けた癖なのだろうが、何気なさを装ってはいるものの神経質なまでに周囲の状況を気にしている。まるで臨戦態勢の猫のようだ。耳とヒゲをぴんと伸ばして、何かあればいつでも機敏に動ける体勢をとっている。
 ずっとそうやって生活してきたんだろうけど、もう違う生活が始まったんだから少しくらい肩の力を抜いてもいいだろうに。
 黒髪にオリーブ色の肌、琥珀色の瞳。白人ではなさそうだ。ネイティブ・アメリカンだろうか。人好きのする顔立ちなのに、異様に鋭い眼光は老獪な兵士のそれ。生まれて20年足らずの人間が身に付けられるようなモノではないはず。
 あまりにもアンバランスなそいつに、俄然興味が湧いてきた。
 やつは一体どんな世界を生きてきたんだろう?
 一体何を見てきたんだろう。
 時々笑顔を浮かべはするもののそれは上辺だけで、決して瞳は笑わない。笑い方を知らないワケではなさそうだ。
 やつを見ていると、どうしようもなく死んだ兄弟――特に下の弟――を思い出す。
 何故なのかは未だに分からない。もしかすると無意識の内に、死んだ弟の姿を重ねていたのかもしれない。似ている所など何ひとつありはしないのに。似てなさ過ぎて逆に意識させられるのだろうか。
 ……アイツの、本物の笑顔が見たい。本当に心の底から笑わせてみたい。
 そう、思った。


 それから一週間後には待機している人数が30人に達し、ようやく訓練所へと送られた。
 言うなれば俺たちは敵意を剥き出しにした野良犬のようなならず者集団だったが、大半は何らかの軍務経験のある者ばかりだ。団体生活の心得みたいなモンはあえて教わらずとも理解していた。だから三ヶ月の基礎訓練が終わる頃には、それなりに気心の知れた仲間となっていた。
 勿論、アイツとも。
 最初は本当に警戒心が強くて、なかなか挨拶以上の言葉は交わせなかった。それでも周囲に慣れるに従って少しずつ言葉は増え、話をするようになっていった。
 そうやっていくつもの言葉と他愛ない話を重ねていくにつれ、最初あれほど意識させられた弟の姿は徐々に見えなくなっていく。他のやつらと比べて、比較的年齢が近かったのが幸いしたのかもしれない。基礎訓練ののち、部隊に正式配属される頃にはもう、俺たちは互いにとって『親友』と呼べる存在となっていた。

 訓練と任務に明け暮れた1998年の前半。
 恐ろしい程穏やかで充実した日々が過ぎる。
 運命の日が僅か数ヶ月後に迫っているとも知らず、俺たちは。平和な日常ほど呆気なく、突然終わると知っていたのに。今日と同じ明日が来ると、愚かにも信じかけていた。

     * * * * *

 1998年9月27日未明。
 東の空はまだ暗い。装備品を担ぎ、俺たちは列を成してヘリポートへ向かう。
 出動命令を受けたのは4個小隊、総勢120名。一個小隊はさらに三つに分けられ、それぞれ一分隊十名で構成されている。俺はA小隊のA分隊。
 向かう先は、ラクーン・シティ。
 九月半ばに出動命令を受けて以降、頻繁に聞くようになった街の名前だ。各メディアは、猟奇的殺人事件が続発していると言っているが、それがどこまで真実なのかは分からない。それ以外にも別ルートからは死体が動き回って人間を襲うとか、カエルやクモが巨大化して人間を捕食するといった胡散臭い程ホラーやオカルトじみた噂も聞こえてきている。もっともそれらはあくまでも仲間内で冗談交じりで囁かれた噂であり、誰も本気になどしていなかった。
 いずれにせよ俺たちは命令が来てから出動直前に至るまで、あの街に関する正確な情報はなにひとつ知らされては居なかったということだ。
 そんな状態だったから、いつまで経っても俺たち(U.B.C.S.)が出動する理由も、これほどの大人数が投入される理由も、思いつかなかった。大体非合法に組織された私設軍なのだから、目的がなんであれわざわざ目立つような大人数で都市に乗り込んでいいはずがないのに。『御主人様』は一体何を考えているのやら。
 まぁ、それでも出動直前のブリーフィングで、大人数が投入される理由は一応理解出来た。街全体に散開し、民間人の保護と救助をする今回の任務なら、確かに頭数が必要だ。
 馬鹿らしい、と思う。そんなのは警察か、軍の仕事だろうに。個人的にはかつてその民間人を殺して回った俺が、今更そいつらの保護と救助をするなどジョークとしか思えない。だが、いいさ。命令だから、努力はしよう。

 武装した兵士を腹一杯に詰め込んだヘリが、夜明け前の星が残る空に舞い上がる。僅かに濃淡があるだけの青黒く判然としない景色が、眼下を流れ去った。
 周囲にいるはずのヘリを探した。どうやら航行灯を消して飛んでいるらしく、音は聞こえるものの一機として視認出来ない。
 見るべきものは何も無かった。俺は目を閉じ、ライフルを抱えて内壁にもたれる。こんな事は数えるのも馬鹿らしい程何度も繰り返し経験した。そうだ、もう何年もこうして過ごしてきた。俺は一体・・・この先あとどれ程の時を兵士として過ごすのだろう。
 不意にこの前の冬に会った悪魔の姿が脳裏をよぎった。久しく忘れていた彼と彼の言葉が思い出される。
 期待とも不安ともつかない漠然としたモノが胸の奥で疼く。
 ……今日が、その日に。なるのだろうか。


 完全に夜が明けきる前の薄闇に紛れ、高度200フィート(約60m)で街に侵入する。この頃には、おぼろげながら建物の輪郭が見える様になっていた。薄闇に浮かぶ精巧なジオラマのような街並みを眺めていると、何か薄ら寒いモノを感じる。普通の街であれば当然あるべき動き――例えば車のライトや明滅する窓――が、何も見て取れない。
 あまりにも不自然な静けさ。ゴーストタウンよりも気味が悪い。
「着陸三分前!」
 パイロットと最後の打ち合わせを済ませた隊長が、ヘリのローター音に負けないよう声を張り上げる。搭乗する全員の顔に緊張が走った。何度経験しても、降下するその瞬間が一番緊張する。他の隊員と同じように、俺は支給されたM4A1アサルトライフルとSIG(ハンドガン)に弾がフル装填されているのを確かめた。
 最初に俺たちの分隊が着陸したヘリから飛びだし、一帯の安全を確保。その後時間を置かず残りの二分隊が、頭上で静止するヘリからファストロープで降下する事になっている。各小隊毎に、つまり市内の四カ所で全く同じ事が行われるはずだ。
 俺は自分の成すべき事と、その手順を二度頭の中で繰り返した。


 ヘリは緩やかに高度を落とし、着陸に向けたアプローチが始まる。



To be Continued...
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アトガキ

 やっぱり増えちゃったい……。次で終われるのかな(汗)
 死に方を考慮して、それまでにカルが一度も出てこないのはやはりおかしいだろうなと思い、二人の出会いをチト書いてみました。でも今気が付いた、名前出してないや。・・・ごーめーんーなーさーいー(;;) 二人とも性格変わりすぎてるよ〜。。。こんなつもりじゃなかったのに。でも初期段階よりもフォモ臭さは薄まったので良しとするか。。。(ホント最初はマー×カルっぽくてどうしようかと思ったもんサ) 今回の事で分かった事がひとつ。兵士の友情話は、至極簡単にヤヲイ話に転がっていけるようだ。。。うん、きっとなんの苦労もなく、自然に。……だっ、ダメだ自分ッ。ソコにはまだ行っちゃダメだッ(焦) 私は普通に、兵士が(できればヒロイックに)書きたいんだよぉぉぉ〜ッ。
 恐らくこのサイトにお越しくださる九割五分の方は、軍事冒険小説なんて読んだこと無いし興味ナッシング〜であろうと思います。だから多分今回の内容はきっと……面白くなかっただろうなぁと(^^; 私自身は書きたいことやりたい放題なのでかなり楽しかったです。同時にあまりにもいい加減な自分の知識にヘコみもしましたが……。一応マーフィー話のハズなのに、今回ばかりはなんというか、ただの傭兵話になっちゃっててもう趣味丸出し。ラクーン・シティ降下前の状況なんか、ハッキリ言ってそっち系の本読みすぎってのが。。。バレバレ(笑)
 次こそラクーン・シティに降下、そして……。
 出来たらいいなっ(希望) うーん、頑張りマス。
 ではまた次回。お会い致しましょう。