たとえば そんな夜 −初夏−

02:Carlos

2001.08.25.

 少し時間をさかのぼる。
 午後1時。彼女と協同生活を送るアパートで、プロのボディーガードとして働くカルロス・オリヴェイラはソファーに身体を投げ出し、ぼんやりとテレビを見ていた。たいして面白くもなかったが、他にすることがないのだから仕方ない。
 本当なら今頃はまだ仕事をしているはずだった。だが、今朝予定通り出勤してみたら、「仕事はキャンセルされた。今日はオフでいい」と言われてしまったのだ。勿論キャンセル事体は珍しいことではないから驚きはしないが、代わりの仕事が無いというのは珍しい。いや、こんな職業は成り立たないような世の中の方が、本当は良いのだろう。
 この仕事について、文句を言うわけではない。まともな教育も受けず、今までの人生のほとんどを血と硝煙にまみれて生きてきた彼が就けるだろう職業の中では、恐らく最良だ。常に危険が付きまとうが、この世界は何より実力がすべてだ。きちんと仕事をこなし結果を出せば、多少の欠点は目を瞑ってもらえる。
 勤務する時間については、その時々、クライアントによっても違うから一概には言えず、かなり不規則だ。早朝から深夜に及ぶことも珍しくない。その点では同居している彼女も同じ。深夜、緊急の出動要請を受けて出て行く彼女を、何度か見送った事がある。その度になんとなく、仕事に彼女を盗られてしまったように感じて、やるせない、まるで嫉妬の様な感情を抱いたものだ。
 勿論それが理不尽で我侭な感情だというのは理解している。同じ家で生活しているとはいえ、自分には自分の、彼女には彼女の生活があるのだし、結局はただの「同居人」でしかないのだ。いや、ただの、と言うのは正しくないかもしれない。なにせカルロスはもとより、彼女の方も彼のことを「友人以上」の存在だと、認めている。普段は別々の寝室で寝ているが、たまには――……。どうなのかは、推して知るべし。
 確かに今日の仕事については、遅くはならないし、早ければ日没前には上がれると言われていた。だから昨夜彼女に、明日は仕事がいつもより早く上がれそうだと伝えたのに。これはあんまりだと思う。もっともお互い何時に終るのか分からないのにそう伝えたのは、ひょっとしたら忙しい仕事を切り上げて、ちょっとだけ早く帰ってきてくれるのではないかな、という打算があったからなのだが。……下心があったからこんなことになってしまったのだろうか?
 今日はオフで良いと言われ、会社を出たのが午前10時頃。平日という事もあり、友人や同僚のほとんどは仕事中。別段やりたいこともなかったのでそのままアパートに戻ってきてしまった。言うまでもなく、彼女は仕事に出た後だった。独りきりになって改めてこれから何をしようかと考える。
 考えて……とりあえず銃を念入りに分解清掃して時間をつぶした後、もう一度考えて見たけれどどうしたら良いか分からなくなって途方に暮れてしまい、今に至るというわけだ。今までにも独りで過ごす休日がなかったわけではない(むしろ二人揃っての休日の方が珍しい位だ)。しかしそんな時は大抵事前に分かっていたから、彼女が作った「暇だったらやっておいて欲しいことリスト」があった。だがこんな風に抜打ちで休みになってしまっては、彼にはどうにもできなかった。
 なんとなく時間が気になって、時計を見る。そして彼は笑い出してしまった。

 ――まったく、俺は一体何をやっているんだ。どんなに早くても、彼女が帰ってくるのはあと3時間も先だぞ。それをずっとこのまま待っていようってのか?

 彼は勢い良くソファーから飛び起きると、キーボックスの中から車の鍵を選び取りアパートを後にした。
針はもうすぐ、2時を指そうとしている。

     * * * * *

 30分後、彼の姿はあるアパートの前にあった。独り、ではない。連れがいる。色素の薄い男性だ。いや、全体的に色素の濃いカルロスと並ぶからそう見えるだけなのか。恐らく白人男性の平均値よりは、濃いのだろう。
 金髪でやや細身の男。名はレオン・S・ケネディという。一時期CIAの指示の元で活動していたが、最近ようやく解放されて本来の職であった警官に戻っている。望めばそのままCIAエージェントとして活動していく事も出来たのだろうが、彼はそれを望まなかった。
 レオンはアパート前に横付けされた車に乗り込みながらぼやく。
「で、なんでせっかくの休日に俺は野郎に呼び出されなきゃいけないわけ?」
「お前しか暇な奴いなかったんだよ。いいじゃねぇかたまには」
 買ってきた缶コーヒーを手渡しながらカルロスは続ける。
「それに嫌なら断ればいいんだよ。でも来たってことは、お前も暇だったんだろ?」
 レオンは言葉に詰まる。反論できない所を見ると、図星だったようだ。
「お前のセンスじゃろくなモン買えないだろうと思ったから、仕方無しに付き合ってやるんだよ」
 レオンはことさら「仕方無しに」を強調する。カルロスの指摘が図星であるのを、あまり悟られたくないらしい。それが無駄な努力だという事は、分かっているのだけれど。
「で、プレゼントなんだろ?」
 呼び出された本来の目的を片付けてしまおうと、缶のプルタブを開けながらカルロスを促す。しかし彼はウィンカーを出して車を車線に戻しながら、あっけらかんとこう答えた。
「あぁ悪いそれ嘘」
「う、嘘だぁ?! 冗談、勘弁してくれよ」
 思わず半分くらいシートからずり落ちる。だがカルロスがあまり嘘をつくような人間ではないことを知っているので、多分他に目的があるのだろうと思いつく。
「本当は買い物じゃなくってさ。教えてもらいたいことがあるんだよ」
「……何だよ」
 シートに座り直し、コーヒーをあおる。面倒事でなければいいのだが。

     * * * * *

「サンキュ、レオン。助かったよ。あれならバッチリだ」
 午後5時。3時間前に彼を拾ったのと同じ場所でレオンを降ろす。どちらの機嫌もすこぶる良さそうだ。もっとも理由はそれぞれ違うのだが。
 「だろ? 俺のイチオシだからな」
 運転席のドアに体重を預け、ニヤリと笑うレオン。カルロスの頼みは、最初の想像と違って面倒なことは何もなく、ちょっとばかり注文が多かったが、拍子抜けするほど簡単だった。自分にとってもちょっとした発見があったので、丁度良い暇つぶしが出来たのだ。
 「ホント。今度一杯つきあえよ、奢るからさ」
 「期待せずに待ってるよ」
 レオンは車からゆったりと離れ、手を振る。じゃぁ、またな。二人はそう言い合い別れた。


To be Continued...
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