Ever After

01

2011.07.04.

 完全なる休日など、一体いつ以来なのだろう。
 とある女性の警護――及び監視――任務が終了した翌日、あてがわれた宿舎のベッドに横たわったまま、シェバ・アローマは考えた。実行中の任務も関係している捜査も、なにもない休日。本当に一体、いつ以来?
 この一連の任務が始まってからは記憶にないのだから、多分、四、五ヶ月振りくらいにはなるのだろう。
 思えば長い、長い任務だった。始まった時はまだ春の走りだったのに、今ではもう夏の盛りだ。そう考えて、彼女は過ぎてしまった日数のあまりの多さに愕然とした。なにかを為した気がしないのに、事態は驚くべき速度で進行し、展開していく。最初はその渦中に居た当事者だったのに、今や完全に部外者だ。
 仕方のないことだ、と彼女は理解している。自分は最前線に出る兵士であって、全体を見渡し机上で兵を動かすような将官ではないのだ。全体像を知りたい、とは思うが現場に行けなくなるのは嫌だった。今よりももっともっと“上”に行けば、どちらも叶えられるような人になれるだろうか。……胸を張ってかの人と並び立てるようになるのだろうか。
 だがそうなったところで、背中を守りあえるとは限らない。
 なにしろ、ひとりは北米支部。
 ひとりは西部アフリカ支部。
 大きく見れば同じ組織の一員だが、細かく見ればそれは全く違う組織である。時には協力してことに当たる態勢や姿勢を見れば、それは些細なことかもしれない。しかし実際には“支部が違う”という現実は、どうにも越えようのない大洋――あるいは高く険しい山――にも似たものだ。そもそも、二人はあの任務のために一時的に組まされたに過ぎない。だから別れは必然だったし、十分予想できたことだった。
 ――そう、わかっていたのに。
 今まさに直面するその現実が、彼女には辛くてたまらなかった。
 彼女はもぞりと動いて目を閉じ、溜息を吐く。

 ――あぁ……あのひとの心には、一体誰が住んでいるのだろう?

     * * *

 ありていにいえば、暇だった。
 今日の予定はなにもない。全くの白紙。だからこそ起きた時そのままの姿でベッドに座り、ぼんやりと空を眺めている。つまり、シェバ・アローマはただひたすらに暇だった。
 昨日までなら、暇を解消する手段はそれなりにあったのに。こんな日を半ば夢見ていたというのに。
 いざその状況が現実のものとなったら、腹が立つほどなにもすることがなくて、苛々してくる。ここがホームタウンであったならばいざ知らず、この北米という地が彼女本来の活動地域ではないのがまた一因だろうか。
 “任務”の都合で、旅支度を調えに慌ただしく立ち寄ったあの日以来、自分の家には戻っていない。信頼出来る人に鍵を預け、時々様子を見てくれるよう頼んではある。あるけれども、それは警備員の巡回と同程度のことであって、掃除までは無理な話だ。そもそも、その人もシェバと同じか、それ以上に忙しい人である。連絡してみてもすれ違いばかりで、どうしているのか分からない。恙なく過ごしているだろうか?
 彼女は鍵を預けた、兄の様に慕う男のことを考えた。
 ジョッシュ・ストーン。
 この前まともに話をしたのはいつだったろう。あれは確かあの日死んだ仲間たち――兄たち、と言ってもいいだろう――の葬儀の日だった。チームでただ一人生還した彼は、あの日どんな思いで葬儀に出席したのだろう。目を潤ませ、しかし涙をこぼすことなく、彼は新しいチームに配属されたと教えてくれた。
 雄大な大地そのもののようなあの男と組むのは、どんな人たちなのだろうか。
 ひとしきり思いを巡らせた後、シェバはそっと祈った。
 それが以前と負けず劣らず素晴らしい人々でありますように、と。

 この気怠い時間はいつまでも続くかと思われた。しかし不意を突いて電話が鳴り出し、彼女は意識せずに安堵する。しなやかな腕を小さなサイドテーブルに伸ばし、騒ぎ始めた携帯電話を取り上げた。

     * * *

 少し待っていてくれ――
 男はそう言うと車を降り、シェバと車を路上に残して足早に通りの角を曲がった。シェバはその見慣れた大きな背が消えた角を、ウィンドウ越しにいつまでも見ていた。早く戻れと念じ、焦れる気持ちを持て余している。
 少し、というのは本当で、三分と経たずに男は戻ってきた。どこに行ったのかは彼が花束を抱えていたことで、そしてこれから行く先までもが容易に知れた。数本の白い百合を中心に据えた、豪華だが物悲しい雰囲気を纏う白い花束を持って行く場所など、そう多くはあるまい。
 彼は花束を後部座席にそっと横たえ、運転席へと滑り込む。シェバはその一連の動きから目が離せない。
「古い友人に」
 もしかしたら、必要以上に長く男を見ていたのかも知れない。あるいは、自分で意識する以上に物問いたそうな視線だったのか。ゆっくりと車を発進させながら男は言った。
「会いに行こうと思ってな」
「そう」
 なぜか急に恥ずかしくなり、シェバは視線を正面に固定する。気を抜けば隣で運転する男に視線を戻してしまいそうだから、意識してフロントガラス越しの景色を眺めた。
 彼女の携帯電話が鳴ったのは、今から三十分程前のことだった。液晶画面に表示された名前を見て、思わず背筋が伸びた。そこには見慣れた『クリス・レッドフィールド』の文字。彼からの電話は初めてではないし、特別なことでもない――ただしそれは昨日までの話だ。長く続いた任務の終了と同時に、パートナーとしての関係も公式に解消された。二人ともそれを黙認したし、それぞれの本音がどうであったにしろきちんと別れの儀式は済ませている。だから、もう二度と掛かってくることはないと、彼女は勝手に思い込んでいたのだ。
 ひとつ深呼吸をした後、通話ボタンを押して受け答えする彼女の口調は、普段通りのきびきびとしたものだった。
 ――やあ、シェバ。少し外の空気を吸いにいかないか。
 そう言ったクリスの口調もやはり昨日までと変わりなかった。
 行き先も聞かず、シェバは一も二もなく誘いを受けた。特段断る理由もなかったし、その直前までのことを考えれば誰のどんな誘いでも喜んで受けただろう。だがそうであるが故に、誘ってくれたのがクリスであったことが嬉しくて、幸せだった。
 そうと決めた後の彼女の行動は速い。慌ただしくも手早く――わずか十五分たらずで――身支度を整える。これまでとほとんど変わり映えのしない服装なのが悔やまれるが、荷物が増えることを嫌がってあまり買い足さずにいた結果だから仕方がない。
 そうして電話を切ってから二十分後にはクリスと合流し、今に至るというわけだ。
 この数か月でクリスという男をある程度は理解していたはずだった。そして、ロマンティックなこととはあまり縁のなさそうな男だと、結論づけた。それでもこういう場面にもなれば彼女が多少の甘さを期待をしてしまうのは、仕方のないことだろう。
 やはり、というべきか。狭い車中に二人きりでいたにもかかわらず、次にエンジンが止まるまでの約一時間、彼らはロマンスの欠片もない時間を過ごした。会話に甘さは微塵もなく、二人の間にあった甘さと言えば、百合の放つ濃密な芳香だけであった。
 荒涼とした原野を貫く一本の道は、地平の彼方まで続くかのように見えた。しかしその道は突如として現れる重々しいゲートによって遮られる。ゲートに付いているのはBSAAの紋章だった。そして『危険:この先許可無き者の立入を禁ず』という看板があるのみで、警備員の姿はない。
 クリスはそのゲートの手前に設けられた、広い駐車場に車を入れた。促されて彼女は車を降りる。舗装された駐車場の外は枯れ草の海が続き、かなり見通しが良い。
「この先に、始まりの場所(ラクーン・シティ)があるんだ。本当ならそこまで行きたいんだが……許可も準備もない今はここが限界だ」
 ゲートと道路の先を見つめながら、再度花束を抱え上げたクリスが言った。それでシェバも納得した。滅菌された、とは言われているが、あの事件が起きてから十年が過ぎてなお変異する“なにか”はあの場所で現れ続けている。十分な訓練を受けた者でさえ危険な場所なのに、そこへ望んで入る者などいないと、誰もが知っている。実際にそれが現れる場所はさらに数マイルも進んだ場所だが、多くの市民はまずここへすら近寄らない。
 クリスは駐車場の隅に向かって歩き出した。その先には小さな石碑がある。少し遅れてシェバも彼を追う。
 石碑の周りは色を失い始めた花束で溢れている。クリスは跪き、まだ色鮮やかな花束と黙祷を石碑に捧げた。シェバは邪魔にならないよう少し離れた場所に立ち、その姿を静かに見守る。隣に立とうとは思わなかった。こんな風に死者と向かい合うひとときは誰もそれを邪魔してはならないと、知っていたから。
 手持無沙汰なシェバは、彼の肩越しに刻まれた碑文に目を向ける。そこに彫られた言葉は石の大きさに相応しい簡素なものだった。
 ――我々は忘れない。マイケル・ウォーレン
 短いが、ここに立つ者のおそらく全員が思い、心に刻む言葉に違いない。シェバも碑文を読み、改めて思う。自分から両親を奪い、今なお形を変えて世界を蝕み続けるあの狂気を。憎むだけではなく、忘れずにいよう、と。そして、幸せだった無垢なる日々を――忘れずにいよう。
 ややあってクリスは立ち上がると、シェバの視線を捉えて言った。
「こんなことに付き合わせてしまってすまなかったな」
「いいのよ、一度は来たいと思っていたから」
 嘘ではないが、全てではない理由で取り繕う。その他の理由は胸の内にしまっておく。
「そうか。なら、良かった」
 クリスがシェバの隣に並び立つと同時に、二人は揃って歩き出した。



To be Concluded...
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アトガキ

 すんごい半端なところでいったん切ります。この先になるとホントに切るとこなくなるからね……。
 こんにちは、瑞樹です。久々の初チャレンジとなりました。
 発売から二年も過ぎてから5ネタ書き始めるなんて、誰が想像したよ? まったくもう(笑) モエはどこに転がっているかわかりませんね、本当に。ただ、例によって自分が書いたものを見直すと、自分は一体何に萌えたのかわからないというか、自分のネタには萌えないという状況になるワケですが orz
 折角初書きの人(シェバ嬢)なのに、やはりゲーム中のネタからではないってのが実に自分らしいと思います……イヤな意味で。本編中からネタを拾える人になりたいです。デイヴ・ジョンソンくんならいくらでも妄想出来そうなのに。そんなの書いた日には本気で誰得なのか悩みそうだわ(笑) ま、基本的には全ていわゆる 俺得 なのは間違いない。自分が楽しめないものなんて書いても仕方ないですからね。
 今回の話について書きたいことは、エンドマークがついてから! ということにしておこうか。
 あ。マイケル・ウォーレンは、バイオファンなら分かって……くれ、る、よねっ?
 では後半、頑張ってきます。