01 : Enlisted Soldiers
2003.03.03.
少し、俺のおしゃべりにつきあってくれないか。
何、そんな暇ない?
少しでいいんだ。本当に、ほんの少しだけ。
分かるんだ。俺はもうすぐ死ぬ。――あぁ、誤解しないで欲しいんだが、別に死に水を取ってくれって頼んでるワケじゃない。
だから、な? 頼むよ。
…………ありがとう。
a Day in the Life −人生のある一日−
もしも、あの時。あれが起こらなかったら。
過去を振り返り、ある地点で別の事をしていたらどうなっていただろうと思いを馳せる。大なり小なり、誰しも一度は考えた事があるんじゃないだろうか。仮定した先にある人生と比べて、今の境遇を嘆くにしろ満足するにしろ。
人生は決して後戻りできないし、戻ってやり直すことも出来ない。人生における仮定は無意味だと理解している。だが今回ばかりはそう思わずにはいられなかった。
もしも、あの時。あんな事をしなかったら。
多分俺は今も兵役に就いていた。
そして人生を狂わせたあの一連の出来事さえ起こらなければ、何日か前までは存在すら知らなかったこの都市と、これほど直接的な関わりを持つことはなかったろう。全米にごまんとあるありふれた地方都市、ラクーン。中西部に位置するこの都市(マチ)の名を生涯耳にすることも、なかったかもしれない。
死者の都。悪夢の具現。あるいは悪魔の実験場。
かつては活気に満ちていただろうこの都市も、今やそんな形容こそが相応しい場所へと姿を変えてしまった。
一体誰が想像出来ただろう。そんな都市の何処ともしれない事務所の片隅が、自分の死に場所になるなんて。――あぁ、いや、分かってる、どうせ俺はロクな死に方しないとは思ってたよ。だけどよりによってこんな所で死ぬとは。全く、予想外だったな。
それにしても、一体どんなドジを踏めばこんな目に遭えるのか?
多分、ドジではないだろう。単にツイてなかっただけだ。実際俺はあの日以降、幸運の女神に微笑みかけてもらった覚えがない。もしかすると、もっと前から。もっとも、あの日まで俺の傍には別の女神――そうだ、あれは“復讐”の名を持つ別の女だった――が居たから、そんなモノは必要なかったけど。
第一、死人に幸運など不要だ。
1997年初頭に一連の復讐劇を終えたあの日。ある意味に於いて確かに俺は“死んだ”のだ。
……――その時のことは、正直な所あまり覚えちゃいないんだ。
まるで最初から何もなかったかのようにその部分がすっぽりと抜けているか、昨夜見た夢のようにひどく漠然として曖昧だ。それでもいくつかのことは鮮明に覚えている。
例えば、手に馴染んだ狩猟用ライフルの心地よい重さ。硝煙のにおい。排出した空薬莢が床に落ちる音。消音器の所為で冗談かと思うほど軽く間の抜けた銃声。照準の先に見える動きの鈍いターゲット。虚しい達成感。それが記憶にある全て。
* * * * *
マーフィー・シーカー。
すぐに忘れてくれて構わないけど。それが俺の名前だ。
現在はアンブレラという巨大製薬会社の不正規私設軍U.B.C.S.(Umbrella
Biohazard Countermeasure Service)の隊員をしているが、元は合衆国海兵隊の一員だった。自分で言うのもなんだが、これでも結構優秀な狙撃手(スナイパー)だったんだぜ。何度か大会に出て、優勝したことだってあるんだ。『神業』なんて囁かれたこともあるが、それはまぁ褒めすぎだな。
軍に入隊したのは1991年、二十歳の時だ。両親が相次いで他界した年だから間違いない。父親が狩猟シーズン中に事故で、間もなく母親が病気で後を追うように亡くなった。辛かったろうって? そりゃあそうさ。落ち込んだよ。でも、多分不幸中の幸いって言うのかな。俺には兄弟がいたんだ。上に一人、下に二人。男ばかりの四人兄弟で、俺は当時大学生だった。
四歳上の兄貴はその時既に一人前のハンターとして、また狩猟ガイドとして、父親と共に一家の生計を支えていた。どの位の収入があったかは分からないが、それまでの暮らし振りを鑑みてある程度予測は出来る。決して贅沢ではないが、かといって悲惨なほど貧しくはない今までの生活水準の維持はできる。が、そこまでだ。とても大学の学費を賄う余裕はないだろう。
言うまでもなく、大学はひどく金のかかるところだ。
両親が死んで多少の保険金が入った事は知っている。だが、その金を使って大学に通い続ける気にはなれなかった。どういうワケか大学も、そこでの勉強も、もう魅力を感じていなかったのだ。そんな自分に金を注ぎ込むなんて、ドブに金を捨てるようなもの。だったら弟たちの為に使った方がはるかに有意義ではないか? もっと正直に言えば、大学を辞める良い口実が出来たと思ったのさ。
大学を辞めて仕事を探す。その漠然とした考えは、実は父親が死ぬ前から頭にあった。二人が死んで、決心出来た。
彼女の葬儀が済んだ一週間後、居間のテーブルの上に道具を広げてライフルの手入れをする兄にその考えを打ち明けた。彼は少し驚いたような表情(カオ)をして手を止めた。居住まいを正し、俺と俺の決意に正面から向き合う。話を切りだした俺の方が気まずくなるほどの間をおいてから、兄はようやく口を開いた。
「お前の人生はお前のものだから、口を出すつもりはないけど。金のことなら心配しなくていいんだぞ」
だだをこねる子供をあやすような口調でそう言った彼の眼差しは、亡き父親そっくりだった。彼は身を乗り出し、テーブル越しに俺の頭をくしゃりと撫でた。
「もう一晩ゆっくり考えろ。それで明日の朝答えを聞かせてくれ」
考えても答えは変わらないし、そうしたところでほんの数時間決定が先延ばしされるだけだ。それは兄にも分かっていたハズだ。だが俺は素直に頷きその夜はそれで終わった。それで兄の気がすむなら。一晩や二晩待つことくらいなんでもない。
翌日の朝食後。俺は変わらぬ決意をそっと兄に告げた。兄は俺と瞳を合わせると、僅かに寂しそうな笑みを浮かべる。何を考えているのか、手に取るように分かった。兄貴は、俺が考え直して大学に通い続けることを選んで欲しかったのだろう。俺たちの生活するこの田舎町では、大学に進む人間は数少ない。彼は決して表には出さなかったが、大学に進んだ俺の事を誇らしく思ってくれていたことくらい……俺だって知っていた。
彼はまばたき一つで表情を切り替えた。頷き、承諾してくれる。
「オーケイ、好きにしろ。ただ、後悔だけはしないようにな」
万感の思いを込め自分よりも2インチ程背の低い、我が兄であり、父親となった人を抱きしめた。父親と同じ森のにおいがする。
ありがとう。わがままを許してくれて。
貴方が俺たち弟を養う責任を感じているのは知っている。それは本当に感謝しているけど、俺たちの為にその人生をなげうとうとする貴方の姿を見ているのは、正直耐えられないよ。貴方だけがその重荷を背負う必要はないんだ。
貴方の重荷を少しでも減らせるように。
自分の面倒は自分でみられる、一人前の男になりたいんだ。
大学で退学の手続きを済ませたその日の内に、俺は軍の徴兵センターへと足を向けた。自立の手段として軍を選んだのは、いささか短絡的だったかもしれない。だけど、その時はそれが一番良いと思ったんだ。
別段人並み以上に愛国心が強かったワケじゃない。
ただその時就けるだろう職業の中では一番有望そうに思えたし、何より俺は守りたかった。彼を、彼らを。俺の愛する家族を守る力が、欲しかった。
To be Continued...
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