HUNK & NIGHTHAWK
2012.03.17.
廊下の先に見知った背中を見つけた。“死神”とあだ名される男で、その名のせいか一人でいることの多いやつなのだが、珍しいことに一人ではなくどうやら立ち話でもしているようだった。さらに意外なことに、その相手は女だ。
しかし大多数の人間が『男と女が立ち話』から連想するような甘い空気や関係は、全くなさそうだった。あれはむしろその逆で、もっと殺伐としたものに近そうだ。たとえばケンカを売り買いするような、一触即発に近いもの。この場合、ケンカの売り手は女の方で、買い手が死神。しかし死神はケンカを買うどころか、案外売られていることに気付いてないかも知れない。
恐ろしく剣呑な笑みを浮かべてから女は踵を返して歩き去った。わざとらしく大きな足音を響かせながら。
その鋭い音に紛れるようにしてオレは動きだし、ほどほどに存在を主張しつつ死神の隣に立った。
「今の、“狼の母”だろ?」
挨拶抜きで――奴もオレも同じ仕事から帰ったところで、先刻まで一緒にいたのだから必要もあるまい――気安く声をかける。対する死神はクールを通り越した無関心な眼差しでオレを見返した。
「狼の母?」
「この間新しくチームが編成されたろ。“ウルフパック”っていったか、それのリーダー。オレはそう聞いてるけど、違う?」
オレたちが所属するアンブレラ特殊工作隊、通称USSには現在三つのチーム――要請があればすぐにでも出撃していけるよう、常駐しているチームという意味だ――がある。A(アルファ)、B(ブラヴォー)、D(デルタ)。その並びで行けば当然C(チャーリー)もあるのだろうが、今のところは欠番しているらしい。
この三チームの他にももちろんチームや人員はいて、欠員やチーム丸ごとの補充や入れ替え(昇格)なんてこともしょっちゅう行われている。
アルファベット付きのチームになる。“補充用”として待機している連中にしてみたら、考えようによっては名誉なことかもしれない。だがこんなクソ溜めのような場所で名誉もへったくれもあったものではないし、近い将来の死刑宣告にも等しい。なにしろやつらの死傷率は決して低いものではないからだ。
今目の前に居る男、“死神ハンク”はアルファチームだ。
部隊名が示す通りUSSは“特殊な”人間が集められてチームを作っているんだが、その中でもハンクのアルファチームは特別かもしれない。なにしろ任務遂行率が100%なら、死傷率もそれに匹敵する高さとあっては、な。オレが知る限り、全員が無傷で帰ってきたことはない。ハンクが唯一の生還者だったことも、片手では足りない。“死神”だなんて物騒なあだ名が付いたのは、そのせいだとも言われている。
――ああ。
そういう世界にいるそういう男は、相変わらず関心のなさそうな無表情で、ぼんやりと頷いた。
「そんな風に名乗ってたな」
オレが見ていた限りでは、『名乗っていた』どころの話ではなかった気がするが、ハンクにとってはあれもその程度のことなのか。
この男が他人に、ましてや名前に無関心なのは仕方のないことかもしれない。こいつと共に出撃して、生還するやつはあまりにも少ない。名前や顔を覚える間もなく消えていったやつが、少なからず居るだろう。
かく言うオレも何度かこいつの仕事につきあったことがある――とは言ってもオレは運び屋だ。その内容目的までは知らないし、知る必要もない――が、その生還率たるや毎度酷いものだった。帰路に空席を見るのには慣れているが、そうは言っても乗客が一人だけとなると、さすがにな。あまりいい気持ちはしないもんだ。
そう、だからそんなことを何度か繰り返せば、名前や顔など覚えるだけ――もっと言えば各個を識別できるほどの情報を得るなど――無駄だと思ったって、無理のない話だ。
幸いにして、どうやらオレについては名前も顔も覚える気になってくれたようだが、今のところそこ止まり。まともな、というか気安い会話ができるようになるまでには、まだ少し掛かりそうだ。
「彼女、なんだって?」
「軽蔑する、とか、お前が嫌いだ、とか」
知らない国の言葉を耳にして理解ができない、とでも言い出しそうな雰囲気だ。
「珍しい話じゃないな。それから?」
「いつか狩ってやる、と」
……やっぱりケンカ売られてたんじゃねぇか。無関心な顔しやがってこの野郎。
こんな話を誰かが知れば、たちまち賭けが始まるだろう。ウルフパックなんてまだぽっと出のルーキーでしかないが、それでも順調に名を上げ始めている。ハンクに比べたらまだまだだろうが、チーム戦になったらどうなるだろう。群れが標的を死神ただ一人に絞れば、あるいは。
「死神と狼の対決ねぇ。そんときは是非とも呼んでくれ。ビール片手に観戦してやるわ」
ぼんやりと立ったままの死神の背を軽く叩き、オレたちはロッカールームに向かって歩き出した。
- Fin -
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