流星にみる夢

2017.11.14.


「ほら、あそこ!」
 視界の中にぼんやりとした白い腕が伸びてきて、空の一点を指差す。そうして左隣に寝転がるレベッカ・チェンバースは短く歓声をあげた。
「どこだ?」
 声に促されておれは視線を巡らせたが、彼女が見たものはもう見えず、数分前と同じ星空が見えるばかりだった。
「見なかった? ホントに一瞬なんだから、余所見してちゃダメよ」
「了解」
 おれは密かに溜息のような苦笑を漏らす。季節の星座や星空についてひと通りの知識はあるが、それは趣味や興味からではない。軍にいた頃に身に付けたものの一つだ。だからおれは星空に対し羅針盤以上の意味や興味を持てなかった。こうして彼女とたびたび夜空を眺めるようになった今でも、それは変わらない。
 でもレベッカには違うようで、いつも嬉々として夜空を眺めている。特に今夜はナントカ流星群――名前は忘れた――が近づいていて、観測するには絶好の日らしく、朝からずっとこの話ばかり聞かされていたようにも思う。
「あ、ほら、また」
 数分後にまた彼女が歓声をあげた。
 今回もまた見逃した。こうなると彼女とおれが見ているものは全く違うものなのではないか、と思えてくる。……いいや、そんなはずはない。確かに彼女は星を読む目と知識を持っているが、見ている星空はおなじものだ。そもそも……と思っておれは浮かんだ疑問を投げてみる。
「《流星群》なら、もっとたくさん見られてもいいんじゃないのか」
 そうだ。流星群、と言うくらいだからもっと雨のようにバラバラと流れるさまを想像していたのに、一時間かけても数個ほどしか確認できないなんて。こんなのはまるで詐欺ではないか、とおれには思える。
「じゅうぶん多いわよ。普段よりはね」
「信じられないな」
 くすくすと笑うレベッカに対し、今度は隠さずに溜息を吐き、おれは頭を振った。これで《多い》だなんて、冗談だろう? おれはまだひとつも見つけていないのに。
「あのね、ビリー」
 起き上がって居住まいを正した彼女の面持ちが、にわかに教師のそれになった。これから始まるであろう講義に対し、おれも身体を起こして身構える。
「本当はね、毎日たくさんの星が地球に降ってきてるのよ。その量は200トンとも、400トンとも言われてるの」
「400トン? そんなに降るのか?」
「そうよ。ほとんどは途中で燃え尽きてしまうような小さなチリや小石だけど、時々燃え残って地表までくるものがあるでしょう? それが隕石、と呼ばれるの」
 隕石ねぇ。地表に大きなすり鉢状の窪みを作ったり、月面をあばただらけにしたりしているアイツのことか。
「全部がそうなのか? つまり、小石ばかりではなく、宇宙飛行士のポケットから落ちたコインってことはない?」
「どうかしら。コインはないだろうけど、デブリ(宇宙ゴミ)の可能性はあるかも」
 その口ぶりから、今見ているものが人工物の欠片などではないと思いたがっていると知る。それは、そうだな。宇宙の遙か彼方から飛来したものが燃える分には夢もあるだろうが、人工物(ゴミ)が燃えるさまに夢は持てない。
 そこでおれの疑問は振り出し近くに戻る。
「けどそんなに降るなら、それこそもっと見られてもいいはずだろう」
「そうねぇ。そうかもしれないけど、星は夜だけに降るものじゃないのよ? 知らないだけで昼間にだって流れてる。でも太陽の光に勝てるほど強く輝くわけじゃないから、気がつかない。昼間そこにあるはずの星座が見られないのと一緒よ」
 そんなものなのだろうか。納得はできるものの、やはりにわかには信じがたい。
「流れ星ってね、だいたい高度60マイルから30マイルの間で光るの。それが見られる範囲なんて30マイルから60マイル、精々130マイルくらいかな」
 わけがわからない。そんなにも狭い範囲でしか見られないのか? 星なのに?
「それじゃあ、ここで見えたとしても、ラクーンでは見られない?」
「そういうこと」
 立てた人差し指を空に向け、くるくる回しながら彼女は続ける。
「考えてみて、地球の表面は七割が海で、陸地の面積なんてたったの三割よ。人が生活する面積はもっと少ない。――その中で、今私たちから見える範囲に星が流れる確率って、どのくらいかしらね?」
 どのくらいだ? 意表を突くような質問におれが戸惑っていると、唐突に彼女から教師の顔が消え、いつものレベッカが戻ってきた。ふにゃりとした笑みで溶ける瞳が愛らしい。
「きっとちょっとした奇跡よ」
 それに……とレベッカは続ける。
「誰かの願いが叶ったのかもしれない、って思うとなんだか幸せな気分になってこない?」
 ああ、星に願いを、というヤツか。
 流れ星が消える前に三回願いを唱えられれば、その願いは叶うという。流れ星にまつわる有名な伝説の一つだ。とはいえ多くが一秒と保たず消えることを考えれば、実際はほぼ不可能な儀式だろう。もっともこれまでおれにはそれを試す機会がなかったが――
「レベッカはなにか願い事をしてるのか? その、流れ星に」
「しないわよ」
 サラリと否定するその口ぶりは、しかし楽しそうではあった。では、なぜ。
「あのね、流れ星には世界中に色々な伝説があるけど、私が一番好きなのはこういうのなの。『人が願いごとをすると、ヒトデは空にのぼり星になる。その願いを叶えると星は空を流れ、海に落ちてヒトデになり、また願いをかけられる日をじっと待つのだ』」
 ゆっくりと紡がれる言葉は、なにかとても大切なもののようにそこに留まる。
 その話は不思議な余韻を残したものの、おれには伝説というより、おとぎ話のように聞こえた。小さな子供に聞かせるようなその話を臆面もなく好きだと言えるのは、さすがお嬢さん、だろうか。
 彼女が子供だ、と思っているわけではない。《お嬢さん》だなんて、年齢から考えれば相当失礼な呼び方だろう。さっき『流れ星を見られるのはちょっとした奇跡だ』と彼女は言ったが……。人間の一番醜い部分を覗き見るような、あのひどい事件におれたちが遭遇したのは数年前の夏、レベッカはまだ十八歳だった。あの若さであんなにも過酷な経験をしてもなお、彼女がいまだにその純真さを失わずにいられることの方が、ちょっとした奇跡ではないか。おれにはそう思える。
 だから、という訳ではないけれど。
 この世界もこの国も、捨てたものではない。
 彼女を見ていると、そう、思えてくるのだ。
「今見た流れ星が誰の願いだったのかは分からない。私のだったらもちろん嬉しいけど、でも、どこかで幸せが生まれるならそれって素敵なことよね」
 そんなふうに考えられるきみの方がよほど素敵だと、おれは思うけれど。それをそのまま伝えたらきみはまた頬をふくらませ、また子供扱いして、と怒るのだろうか。
「そうだ、これなら……」
 なにを思い付いたのか、言うなり彼女は立ち上がり、空を仰いで両腕を広げる。そうして大きな声でこう言った。
「ビリーが流れ星を見られますように!」
 あまりにも予想外で、突然だった。彼女は唖然として身動きひとつできずにいる俺を見下ろし、ぺろりと舌を出した。
「今私はビリーのために星を作りましたぁ。だからちゃんと見て、私の願いを叶えてね」
「……努力する」
 息を吐き、そう言うのが精一杯だった。にこにこと笑いながら彼女は元通り俺の左に、居場所と定めていたらしいところに座る。それから左腕で大きく空中を掃いた。
「一カ所に焦点を合わせちゃダメ。なるべく広い範囲を、できれば空全体を見てね」

 言われたとおりに夜空を眺め、そっと願う。
 彼女と同じものが見られるように。
 同じ世界が見られるように。
 ――彼女の本当の願いが、叶うように。
 片腕に抱くぬくもりを感じながら、星が流れる瞬間(とき)を待つ。

- Fin -





アトガキ

 室生さん主催のバイオNLカプアンソロジー『男と女のラブ&ピース』に参加させて頂いた時のヤツです。
 どのカプ書こうか悩んで、結局当たり障りなくビリレベにしたという……。
 当時「締め切りまで半年もあるし余裕〜♪」とか言ってたのに、結局締め切り前にヒイヒイ言いながらついったーに泣き言流してたのはいい思い出(……)です。そう、取り掛かりは結構早かった、と思うんだけどな。4ページ、されど4ページ。それに足りるだけの量を書くのがあんなに大変だとは思いもしませんでした。そうは言ってもその内の半ページ分はタイトルに使ってますからね! 実質3ページ半という結構詐欺紛いのことやらかしました。でもアンソロにテキストで参加した人全員同じ仕様(最初の半ページはタイトル)だったから無問題☆ そして示し合わせたように締めが 了 だったのはホントびっくりでした。なんの打ち合わせもしてなかったのに。ちょっとした奇跡を感じたぜ……(笑)
 えーと、作中のヒトデと星の話、これはたまたまラジオで耳にしたものが元です。というかまんまなんですが、時々聞くのでCMかなにかなのかな。一般的な「消えるまでに3回願いを言う」よりは夢があるしレベッカに似合いそうだな、と思った結果でした。