HUNK & Vector
2012.05.28.
その集団を見て最初に感じたのは、苛立ちだった。
新兵を見渡すと、今回もまたそれなりの者しか集まっていないようだった。確かに一芸には秀でているのだろう。だが私が求めているような者は見あたらない。それだけならまだしも、少年と見紛うような体躯の者までいる。それが悪いと言うつもりはない。体格とおのおのが持つ技能は別の話だから。
私が関心を持つべきことではないのだろうが、それでも一度問うてみるべきかもしれない。一体どのような基準で入隊者を選んでいるのか、と。
新兵たちのスキル評価も私の任務の一部だ。用意した訓練プログラムに取り組む様を観察し、記録されたスコアを調べ、評価する。無論彼らはそうされていることなど知る由もないし、知る必要もない。彼らはただ真摯に、全力で取り組んでくれさえすればいいのだ。
一通りの評価を終えて一次評価書を提出する。公正に、かつ厳しくしているつもりだが、上層部は常に正確なデータを求めてくる。だから私もより正確かつ確実を期すべく、評価は二度行う。だが、一度下した評価を書き換えることなどほとんどない。
今回の新兵たちに対してもそうだった――ただ一人の東洋人を除いては。
思えば、彼は最初から私の目を惹いていたのだ。周囲に居並ぶ者たちに比べて明らかに小さな体躯、触れれば切れそうなほどに鋭い眼差し。彫像のように身動ぎひとつせずに居たかと思えば、その身ごなしは素早く、恐ろしくしなやかだった。
今までにないタイプの兵士。
明らかに私は彼の能力を過小評価していた。いいや、過小どころではないかもしれない。こと、近接戦闘に関して突出した能力を持っていそうだ。
私の兵士としての経験か、あるいは単純に本能なのか、胸の奥でなにかが騒ぎ告げる。
この男は、おそらく私と同属だ、と。
そう思ったが最後、直接確かめずには居られなかった。どれほどの能力を秘めているのか、知る必要がある。
彼との一戦は、実に印象的なものとなった。私は負けこそしなかったものの、勝利したとは言い難い結果となったのだ。手を抜いていたわけではない。だが相手の能力を量ろうとしたがゆえに、全力ではなかったのかもしれない。
しかしそれは彼も同じであったのだろう。探り合いのような攻撃を交わした後、互いの間に距離が開き不意にその一戦が終わったとき、彼はひどく驚いたような表情をしていたからだ。全力ではなかったとしても、勝負が付かなかったことが意外だったようだ。
二度目の評価書と共に、私は一つの要請をも提出した。
彼の訓練は、実戦も含めて私の指揮下で行いたい、と。
一週間の初期訓練プログラムが終わる頃、私の要請が許可された。その知らせを受けたとき、珍しく心が浮き立ったのを覚えている。もちろん私は彼に多くのことを教え、訓練するが、同時に私自身も彼から多くのことを得られるだろう。私自身の技能をより鍛え磨くのに、いい機会となるはずだ。
その晩、私は彼を呼び出した。翌日からの訓練は私の指揮下で行う、と伝えるためだ。小さなテーブルと椅子しかない、独房のような小部屋でいくつかの質問を重ねた後、私は最後の質問をした。
「名は?」
澄んだ黒い瞳が私をじっと見つめてくる。そこには聞いてなんとする、という思いがありありと見て取れた。
「番号で呼べばいいだろう」
予想した範囲内の返答。しかし彼がどのように考えているにしろ、ここで質問を打ち切るわけにはいかない。
「今はな。だが実戦でそれは困る。もう一度聞く。お前の名は」
答える前に薄い唇がわずかに動いた。だが言いかけただろう名は空気と共に青年の中に呑まれ、声に出されることはなかった。代わりにこぼれ出てきた返答はなかなかに酷いものだった。
「――捨てた。好きなように呼べばいい」
私は内心溜息を吐く。この青年は己のことを何一つ明かさない。唯一明かしたのは日本人であることだったが、それでさえ問いを重ね、青年の発音と外見的特徴を挙げて私がほぼ断定したところで、ようやく引き出した答えだ。それ以外のことを引き出すのはもう、相手にその意思がない以上、不可能のようだ。
「名が要るな」
しばし考え、いくつかの名を吟味する。そうしてひとつを選び、伝えた。
「ベクター」
「……ベクター? それが名前?」
「そうだ。気に入らんか」
「意味は」
「なぜ」
「よくあるようなふざけた響きはないし、あなたは無意味な音の羅列を名にするような人ではなさそうだから。きっとなにか意味があるんだろう?」
ふむ。なかなか賢いようだ。だがそうでなくては困る。
「私が“死神”と呼ばれていることは、知っているな」
小さく頷いたのは、肯定の意思表示か。
「我々の任務が、おおよそどのようなものであるのかも?」
彼は再び頷き、言葉少なに「知っている」とだけ答えた。
「死神と共に行動し、同じ任務を課されるならば、いずれお前も誰かに死を運ぶのだろう。直接的にしろ、間接的にしろ。ゆえに“ベクター”」
「……死を媒介する者、か」
青年はかろうじて聞き取れる程度の声量と明瞭さで独りごちると、初めて表情をゆるめた。名が気に入ったのだろうか。仮面かと思われるほど表情に乏しかったこの青年の顔も、どうやら笑みは作れるらしい。
「あなたと、あなたに貰った名に恥じぬ働きをしよう」
私の“死神”同様、“ベクター”も決して名誉ある名ではないはずだ。むしろ多くの者には忌々しいものを連想させるに違いない。それでもその名を受け入れ、かつ気に入るのならば、この青年も来るべくしてここに来たということか。
彼に対する印象は間違っていなかったようだ。
やはり彼は、私と同属だ。
- Fin -