2009.10.05.
周囲がとても騒がしい。
ヘリコプターがズラリと並んだ格納庫の中を、揃いの作業服を来た男たちが右へ左へと走り回っていた。数日前からずっと、だ。ずっとこんな風に、蜂の巣を突いたような騒ぎが昼夜を問わず続いている。
どうやら数日中にも大規模な作戦が実行されるようだと、兵士たちの間では噂されていた。正式にはまだ何も通達は無いものの、その尋常ではない慌ただしさから、何かしらを感じ取る者は大勢いた。
そしてその格納庫の端に、周囲の喧噪などそ知らぬふうに落ち着き払って佇むヘリコプターが一機。他の多くのヘリコプターとは違い、その機体だけは点検と整備はとうに済み、いつ何時命令、あるいは要請があっても素早くそれに応えられるよう準備を終えていた。ゆえに、喧噪の真っ直中でありながらもそこだけがある種隔絶されたような雰囲気に包まれている。
その鋼の鳥を目覚めさせ、自在に操る人間たちもまた同じ。二人のパイロットは24時間体制での待機命令を受けていた。
* * * * *
「正直、もう連絡なんて来ないんじゃないかと思いますけどね」
搭乗員の控え室に居座ること数日。いつ出動命令がくるか分からないゆえ、軟禁に等しい状態で彼らは待機し続けていた。数十分ぶりに硬い椅子から立ち上がった副操縦士が、こわばった背と痛み出した尻をほぐしながらぼやいた。
「だってもう一週間も経ってますよ。きっとあいつらみんな死んでますよ」
よれてページが落ちそうな雑誌を繰りながら、彼の相棒たる“ナイトホーク”は視線も上げずに答える。
「お前は知らんのさ。アレがどんな奴らなのか」
たとえ何週間が過ぎようと、必ず連絡は来る。ナイトホークはそれを事実として理解していた。まともな連中ばかり、とはとても言えない組織ではあるものの、このU.B.C.S.(アンブレラ・バイオハザード対策部隊)にはそれなりに腕の立つ男たちが揃っている。その中でもU.S.S.(アンブレラ特殊工作部隊)というのは、その名が示す通りのかなり特殊な部隊で、精鋭揃いだ。米陸軍のデルタ・フォース、米海軍でならばSEALと言ったところだろうか。そういった諸部隊の例に漏れず、このU.S.S.もその存在自体が秘匿されている。アンブレラ社内でも、その存在を知っているのはごく限られた幹部数名に過ぎない。
彼らに課せられる任務は、能力に見合う難度と危険がある。ゆえに死傷率は恐ろしく高い。つい二ヶ月程前にも、出動していったチームが全滅してしまった、という仕事があったばかりだ。もっともそれは稀な例ではあるのだが、送り出した人数と収容した人数が違う、などというのは毎度のことだった。
今回も頭数は減っているのだろう。なぜならU.S.S.内でもとびきり任務遂行率も高ければ死傷率も高いというチームが出動しているのだ。よほど危険なのか、あるいは確実を期したい任務なのに違いない。なにしろそのチームには、“不可能”と言われたミッションの数々をこなし、生還し続ける男がいるのだ。
だから本当は“アレがどんな奴なのか”と言いたかった。だが、いくら何でも言葉にするのははばかられた。今回の結果について、自分が悲観的な予想をしていると思われたくはない。そして能力の高さを讃えられると同時に、その男に献上された二つ名に効力を発揮して欲しくなかった。曰く――
死神。
その男は“ハンク”と呼ばれているが、本名ではない。訓練や任務以外での付き合いがある者はなく、本名と同様に私生活も謎に包まれている。これまでに何度かハンクと同じミッションに参加したことがあるナイトホークも、目に見える情報以上のことは何も知らなかった。
分かることといえば、あれは死線を越えてきた男だ、ということくらいだ。それも、一度ではなく、数え切れないほどの回数を。それから彼の周囲には、いみじくもその二つ名が示す通り“死”が満ちているということも。――あれは死神本人か、そうでなきゃ魅入られているんだ――。そんな風に言う者も少なくなかった。
火がなければ煙は立たない。そう言われるには、それだけの根拠がある。どんなに困難とされるミッションに参加しても、ハンクだけは――擦り傷や打撲傷といったごく軽いものをのぞけば――ほぼ無傷で帰還する。たとえ共に出動していった男たちが残らず死んでしまったとしても、だ。
彼らはそういう男からの連絡を待っているのだ。
読み飽きた雑誌を棚に放り込み、視線を相棒へ移したナイトホークは断言する。
「連絡は来るさ、必ずな」
揺るぎない確信に満ちたその瞳を見、副操縦士は思案した。あの日送り出した男たちが着けていた部隊章は、自分たち(U.B.C.S.)とは違うものだった。あれはたしか――
「死神が居るってチームでしたっけ? オレたちそいつらを迎えに行くんですよね?」
ナイトホークは口角をつり上げて笑みを作る。やっとお前も理解したな、と言わんばかりだ。
若い副操縦士が冷やかすように口笛を吹いた。
「それじゃオレらは、さしずめ“蒼ざめた馬”ってわけだ」
――死神は死なず。
青年がその言葉を体感し、馬ならぬ鋼の鳥が死神の元へと向かうのは、それから三日の後である。
- Fin -