In the Room
2005.06.19.
街明かりが入ってこないようにぴったりとカーテンを閉め切った室内。その中央に手足を投げ出すようにして寝転がり、不自然に四角い満天の星空を見上げていた。左側には少女のように華奢であどけない容姿の女が、おれの腕を枕代わりにして寝転がっている。その容姿のお陰で何かと軽んじられがちだが、それは大いに間違っている。そこらにいる大概の人間よりも、彼女は強くて頭が良い。彼女の上を行く奴はそう多くないだろう。
その彼女が天井に投射した星空を指差し、あれは何々という星で、あれとそれを結ぶと何座になって、といった星にまつわる様々なことを熱心に説明してくれている。科学分野に造詣が深いのは知っていたが、星まで詳しいとは知らなかった。
でもおれは星よりも人工の星明かりに照らされる彼女の声と姿を眺めるのに夢中で、言葉の意味が全く頭に入ってこない。適当に相づちを打てたのも奇跡に近い。
「……ビリー? ねぇ、ちょっと。あぁもうほらやっぱり聞いてない!」
突然彼女ががばりと半身を起こしておれを非難し始める。目をすがめて不満を表すその仕草は、初めて会った時に彼女を“お嬢さん”と呼んだときのものとそっくり同じだった。何故かそれが嬉しくて思わず笑いそうになった。でもここで笑ってしまっては、一層の怒りとヒンシュクを買うだけだろう。なんとかそこから注意を逸らそうと、おれはわざと星のこと聞く。
「すまない。なぁ、北極星はどれだい?」
本当は教えてもらう必要なんてない。知っているから。
だがそうとは知らない彼女は、溜息を吐きながら“仕方ない”という表情を浮かべ、ほっそりとした腕を伸ばして北の一点を指差した。
「あれよ」
おれは星を見もせずに、まっすぐに伸びる彼女の腕を掴み、引き寄せた。バランスを崩して倒れ込む彼女を抱きとめ、強引に唇を重ねた。彼女は一瞬身体をこわばらせたが、それでも決して拒まなかった。今夜はこの偽りの空の下できみを抱こう。
北極星。
それは天空に散らばる幾千万もの星々の中にあって、位置を変えない唯一の星。ゆえに見渡す限り何も見えない砂漠の様な場所でも、大洋のただ中であっても、進むべき方向を定める指針として遙かな昔から頼られてきた。
常に変わらぬ場所で輝き続ける、確かな指針。見失わなければ道に迷うこともない。たとえ見失ったとしても、探し方を知っているなら見つけるのは簡単だ。
しばらく前におれは人生の指針を一度見失って、真の暗闇の中、もう絶対に見つけられないと思っていた。だけどそれは間違いだった。あの日新たに見つけた指針を、おれはきっともう二度と見失わないだろう。
おれのポーラスター。
君を目指しておれは歩き続ける。
- Fin -