Seven Bullets
2003.09.22.
それが九月の終わりであったこと以外、正確な日付は分からない。
多分、この先もきっと分かりはしないのだろう。
酷い混乱のさなか、生き残ることしか頭になかったあの日々。目の前の出来事に対処するのが精一杯で、時間の感覚はすっかり失せていた。
その前にも後にも、あまりにも色々なことが起こり過ぎた。故に、全ての出来事を順序立てて思い出すことも出来ない。
あの日――後になってからそれが十月一日だと知った――夜明けと同時に撃ち込まれたミサイルは、この街にあったものを粉々に吹き飛ばした。膨大なエネルギーが拡散し、終息した後には焼け焦げた瓦礫と土中に埋め込まれた建物の基礎がかろうじて残るばかりだった。
それからいくつかの季節が流れたが、相変わらずこの地はウィルスに汚染されたままで、まともな生態系は形成されずにいる。変異したバケモノが現れ続け、草木もなかなか生えて来ない。ここがすっかりと元の姿に戻るには、つまり安全が確認され人が住むようになるには、まだあと何年もかかるだろう。
例のミサイルの影響なのか、この辺り(旧市街地)は変に地場が乱れているらしく、最新鋭のGPS(Global
Positioning System : 全地球測位システム)も使い物にならない。ここで特定の場所を探し出すには、印刷された地図を使うしかなく、方位は地形で覚えるか、太陽と時計を使って調べる。
アスファルトの剥がれた道路の跡と建物の基礎。そういった乏しい目印も、爆心地に近づくにつれて更に減っていく。最新版の――当時発行された物の最新版って意味だ――市街地図と汚染除去班が使う市街図を併せて使っても、目的の場所を探すのは骨が折れた。
それでもなんとか、俺はその場所を見つけた。
* * * * *
……かつてラクーン市警察署のそばに、製薬会社の小さな事務所があった。無論今はその面影も無く、地面からコンクリートの固まりがわずかに顔を覗かせているだけだ。
一人の男がここで死んだという事実。それを知るのは、多分俺しかいない。
背負っていたバッグをおろすと中に地図を放り込み、代わりに角張ったガラス瓶を一本引っ張り出した。瓶の中を満たすのは、琥珀色の液体。最高級、ではないがそれでもカナディアン・ウィスキーの上等品だ。艶めかしい曲線を描く瓶の首を掴み、乱暴とも言える手つきで封をちぎり栓を抜くと、ふわりと中身が香った。
悪くない。適当に選んだにしてはいい香りだ。
なんの躊躇いもなく手首を返し、瓶の口を下に向ける。
当然の成り行きとして中の液体は瓶から流れ出し、大地がそれを受け止めた。乾いた大地はあっという間に酒を飲み干す。中身を一滴残らず貪欲な大地に飲ませると、俺は空になった瓶を投げ捨てた。
濡れた地面。酒が作った歪んだ円形の汚点(シミ)は、あのとき見た血溜まりにそっくりだった。事切れて崩れ落ちた男の下に広がった鮮血の形に、驚くほど似ていた。
それを見ていると、あの時の腐臭と鉄錆の如き血臭、安易な安らぎと解放しか与えてやれなかった自分の未熟さが思い出される。いくらあいつが望み、請われてした事とはいえ、本当にそれで良かったのか。今でも判断しかねてる。
――マーフィー。
お前が死んだのは、何日のことだったんだろうな?
埋葬することも、骨の欠片を残すことさえも許されないなんて。俺たち傭兵が背負っていた罪はそんなにも重いものだったのだろうか。
どんなに問いかけても答えは見つからない。誰にも訊けないから、多分死んでも答えは分からないだろう。
地面に出来た酒臭い汚点をしばらく眺めた後、俺は右腕を空に向けて突き上げた。手の中にはSIG(ハンドガン)。弾倉には七発の実包。
視線は足下に落としたまま、引き金をゆっくりと引き絞る。ある時点で弾丸が飛び出す手応えが有り、銃身が僅かにはねた。
銃声が轟き、一帯を支配していた静寂を破る。
遮る物のない空間に銃声は波紋の様に広がり薄められていく。長々とした咆哮が完全に消えてしまう前に、また引き金を引く。弾倉が空になるまでそれを繰り返し、引き金を引き続けた。
あの日使ってやれなかったお前の銃弾。
この先もずっと、この日が来るたびに。
ここで撃とう。
高く澄んだ空に吸い込まれて消える、七発の弔砲。
- Fin -