ブロークン・アロー

U.S.ARMY

2003.04.25.

 かつてこんな戦闘は経験したことがない。
 もっと言えば、生死をかけた戦いすら、経験したことがない。技術将校である彼にとってそれは、映像や文章、そして噂話の中にのみ存在するものだった。
 新兵だった頃。模擬戦や訓練ならうんざりするほどやった。
 やっと今理解した。アレは実にリアルな、真に迫る、金の掛かったサバイバルゲームだったのだ。どんなに訓練を積もうと、作戦を練ろうと、所詮それは敵を人間と想定したモノでしかない。今彼らが直面しているような、理性も痛覚も無いバケモノが相手では、培ってきたもの全てが全く通用しないのだ。
 そもそも彼らは何と戦う為に鍛えられてきたのか。
 少なくとも、こんなバケモノと戦うためではなかったはずだ。
 ――……もう少しでこのデカブツの発射準備が完了するのに。
 彼は傍らに鎮座する“パラケルススの魔剣”と名付けられたレールキャノンを睨め付けた。
 ――こんなモノの開発担当でさえなかったら!
 軍人ではあるが、どちらかと言えば彼は技術研究者で、実戦向きではない。血を見るのが苦手で、広がる赤いインクを見ただけでめまいを覚える。だから血とは無縁の部隊で過ごしてきたというのに。
 地獄絵図そのままのこんな所に送り込まれようとは。なんたる皮肉なのだろう。
 耳を聾する銃声を切り裂いて、悲鳴が聞こえる。
 あぁ、また一人奴等に飲み込まれる……。新たな犠牲者――名前を覚える間もなかった若い兵士――の上げる断末魔の悲鳴も、五秒と保たず消えた。喉笛でも食い破られたのだろうか。

 目の前で部下や護衛の兵士が次々と奴等に捕まり、引きずり倒されていく。倒れた戦友を助けたくとも、手をさしのべることさえ叶わない。撤退するときに彼らを連れ帰れるだろうか。生きていようが死んでいようが、一人残らず戦場から連れ帰る。それが軍の方針だが……。
 果たして何人この地獄から生きて抜け出せるのだろう。
 彼はレールキャノン起動手順のチェックリストから目を上げ、ハンドガンを抜いた。スライドをずらし、初弾が薬室に送り込まれているのを確かめる。
 このままでは自分の命すら危うい。
 部隊はほぼ壊滅し、どうやら増援も期待できそうにない。
 倒しても倒しても、奴等は立ち上がる。ゆっくりと、着実に。距離を詰めてくる。圧倒的に弾薬が足らない。防御陣地はじりじりと狭まる。
 それは精神を蝕む、絶望的な光景。


 不意に彼の口から笑いが漏れる。
 一度漏れたヒステリックな笑いは、二度と止まらなかった。



 ――ブロークン・アロー。ブロークン・アローだ。

 空電雑音しか返さない無線機に向かって、彼は笑いながら呟いた。



- Fin -

ブロークン・アロー : 交戦中の米軍が打破されそうな危険にあるという意味の暗号





アトガキ

 ……ヒロイックな兵士の話が書けたらいいんだけどなぁ……。
 思いつきだけでばばーッと書いたショートショート。黒すぎてすみません(汗)
 内容が内容なだけに元々公開する気が無かったんですが、書いてみたからには誰かに読ませたいという実にありがちな感情により、公開に踏み切りました。えへ。ある意味親愛なる読者様への挑戦ですわな、こんな話。
 こんな内容のはきっと誰も読みたがらないと思うのですが……。でも書いてる最中は楽しかったです。えぇ、とっても。残酷描写が好きってなワケじゃないですが、こう、精神的にギリギリの線を彷徨って、その線を越える瞬間が巧く表現できたらいいなと。見事に玉砕してますけどね。あははは(はぁ……)。
 ところで『 ブロークン・アロー 』。コレは米軍で実際に使われている(た?)暗号です。これって時代によって意味が変わるなんて事はあるんでしょうか(汗) 数年前に同タイトルの映画で使われた時は『核弾頭紛失』で、ベトナム戦争時には上記の意味だったようなのですが……。これを言うと必要な航空支援が最優先で受けられたそうな。情報の出所は『Once and Forever』(映画・小説)ナリ。
 そんなワケでタイトル諸々変えようかいっそ公開するのやめようか一晩(嘘、ホンの一時間)悩んで、結局変えずに公開することにしました。(´ `;
 これに懲りず、どうぞ生暖かい目で見守ってくださると嬉しいです。。。
 では、次こそマーフの話でお会いしましょう。