Carlos & Jill
2012.08.21.
――あなたは今でも……私の帰る場所?
そう言った彼女の視線は穏やかで、そうであることを微塵も疑っていないようだった。
ああ、もちろん。もちろん、その答えはイエス。それ以外にあるはずがない。
これまでも、これからも。それはずっと変わらない、と自信を持って言える。だから、『本当にきみなのか?』なんて聞かない。あんな問いをくちにして俺を試す女なんて、この世にただ一人、きみしかいないと知っているから。
深く息を吸い、吐き出しながらようやく声を出す気になれた。
「おかえり、ジル。随分長い任務だったな」
花が咲くように表情(かお)がほころび、彼女が笑う。つられて俺も笑い、幸せがどんなものだったのか久方振りに思い出していた。同時に褪せていた世界が、鮮やかな色を取り戻していくのを感じる。
「ただいま。カルロス、ただいま」
おのれの身体を抱くように組まれていた彼女の腕がほどけた。気付けば俺は立ち上がっていて、おそるおそる彼女に手を伸ばしていた。頭のどこかでまだ、これは夢じゃないのか、このジルは幻で触れたら消えてしまうのではないかと疑っているのかもしれない。
多分、そんな俺の考えを見透かしたんだろう。ジルは一度俺の腕に触れてから、背に腕を回してくれた。懐かしい感覚だった。自然と俺の腕も彼女の背に回る。それもまた懐かしい感触で、それでようやく俺は実感したのだ。彼女は、ジル・バレンタインは帰って来たのだと。
俺の肩に額を押しつけたまま、もう一度彼女は言った。ただいま、と。見慣れぬ色に変わった彼女の髪に口づけてから、俺ももう一度言う。――おかえり。
息を吐いてジルは顔を上げた。澄んだ瞳が潤んでいる。
「ありがとうとごめんなさいをどれだけ繰り返したらいいかしら」
「必要ない。どうしても、というなら一度だけにしてくれ」
少しの間を置いて彼女は「わかった」と言った。それからまた、少しの間。
「あの日出かけるとき、どんなに長くても一ヶ月は掛からないって思ってた。でも三年なんて、掛かりすぎよね。きっと……とても不安にさせたろうし、心配もしたでしょう。私は無事だってこと、もっと早くに知らせたかったの。でも全然許可が下りなくて、今日になってしまった――ごめんなさい」
「そんなのきみのせいじゃない、だから謝るな。きみは帰って来た、それで十分だよ」
再度彼女から笑みがこぼれた。その笑みと共に、溜まっていた涙がこぼれ落ちる。それは胸を打つほど尊くて美しいもののように見えた。
「あなたを愛して、信じて良かった。待っててくれてありがとう」
俺は笑みを返すのが精一杯で、もうなにも言えなかった。それはこっちのセリフだとかなんとか言う代わりに、彼女を抱き潰さない程度に抱きしめた。そうしたら彼女は息が詰まるほどきつく固く抱き返してくれた。本当に息苦しいくらいだったが、その苦しささえもが幸せなのだと言ったら、きっと彼女は同意してくれたろう。
諦めなくて本当に良かった。
きみの帰還を信じて疑わず待ち続けた自分を誇ろう。
そしてきみを愛したことを。
誇ろう。
- Fin -