Trick
2012.06.24.
「お菓子をくれなきゃイタズラするぞ!」
10月も終わろうとしていたある日、仕事明けのオレはいつものように安アパートへと帰り、いつものようにドアを開けた。その直後、白くてふんわりとした塊が飛び出してきてそんなことを言った。
あまりにも不意打ち過ぎて、状況が全く把握できない。なんだ、なんだ、コレは一体どういうことなんだ? 白くてふんわりした塊の中に大切な女性の顔が見えたから、これが危険なことではないというのは理解できた。ただし、突き出された手の中にあるスタンガンが恐ろしく物騒だ。
「ビリー? お菓子とイタズラどっちがいいの?」
状況の把握に手間取りいまだ硬直状態から抜け出せないオレにしびれを切らしたか、ふんわりした服を着た彼女が唇をとがらせて不満を漏らす。そこでようやくオレも理解した。ああそうか、ハロウィンか。だから彼女はそんな格好を……。
しかし色々気になることはあるので、オレは彼女をアパート内部へと押し戻しながらなんとかドアを閉め、まずはとても普段着とは思えないその服装について尋ねた。
「ああ、これ? この間職場(BSAA)でハロウィンパーティ−があってねー、それ用に同じ部署の子たちとおそろいで作ったの」
レベッカは布地が何層にも重なって膨らんだ上に決して長いとは言えないスカートの端をつまんで、その場でくるりと一回りしてみせる。そうして非常に愛らしい笑顔できいてきた。
「どう?」
どう? どうって、ああ、すごく可愛いし、似合っていると思う。フランス人形さながらだ。ただ、ヘッドドレスに付いている、黒いハートに蜘蛛の巣模様が醸し出している妙な禍々しさが気になるが。ハロウィン用、というなら納得のできるところか。
「ちなみにコンセプトは“小悪魔ナース”よ」
……悪魔と天使(ナース)という相反するものを同時に表現しようとは、なかなかの意欲作だ、とは思ったが口には出さない。
「デザインしたのは誰なんだ?」
「皆で。相談して決めたの」
意外と少女趣味な人間が集まっているんだな……。
「よく似合ってるよ。だけどそんなの着てたら、ますます“お嬢さん”だな」
うっかり喉の奥から笑いが洩れた。
とたんに彼女の頬が“お嬢さん”よろしくぷっくりとふくれる。
「もうイタズラしてやるんだから! 覚悟してよねッ」
宣言した上でのいたずらなんて聞いたことがない。しかし彼女はオレが“覚悟”を決めるよりも前にオレの片手をつかみ上げると、その辺りでなにかがカチリと音を立てた。彼女がオレから離れると腕は何故か自由がきかなくなっている。
まさか、な。
勘違いであって欲しいと願いつつ右腕を見ると、プラスティックの使い捨て手錠がはめられていた。もう片方の輪はロープに繋がり、ソファの裏に入ってどこかに消えていた。ああ、やっぱり。そもそもこんなもの、どこで手に入れてきた……。
どこで、と言いかけて見当が付いた。彼女の職場はそういうところなのだから当然あってしかるべきだし、こんなものは掃いて捨てるほどあるに違いないのだ。
動きを拘束され囚人となったオレの前にレベッカが立つ。うふふ、と笑うその顔がいわゆる“小悪魔”めいていて、妙に怖い。
白いレースの手袋をした人差し指を立てて、ゆっくりと上下に振る。
「さあ、どこから始めようかしら」
彼女が言う“イタズラ”が、多分に性的な意味を含んでいたことに気付くのは、それからまもなくのことだった。
- Fin -