オールバックとショートちゃん2
2011.12.27.
好きな人や大切な人には、一秒でも早く会いたい。
それは多分、誰にでも共通する思いじゃないだろうか。私だって例外じゃない。その衝動を堪えられずに、約束した時間よりも随分と早くここに到着してしまったことを、どうか笑わないで欲しい。
だって、本当に本当に今日が待ち遠しかったんだもの。昨夜なんて、あまりにも楽しみ過ぎて眠れないんじゃないかと思ったほどよ。でもこんなこと絶対彼には言いたくないし、言わない。必要以上に子供扱いするって、分かりきっている。
あと七分。
おかしい。さっき時計を見たときもあと七分じゃなかったろうか。……違う、そんなはずはない。きっともっと前だったんだ。まったく、自分でもどうかしてるんじゃないかと思うくらい、落ち着かない。
――だって、そんなの仕方ないじゃない。
意識して深呼吸をし、考える。
前回彼と会ったのは三ヶ月前、季節はまだ夏のことだった。そう気付いた時には愕然としたものだ。一体どうして、私たちは三ヶ月も会わずにいて平気だったの?って。もちろん平気だったわけがないし、時間を作る努力だってしていた。だけどこなしてもこなしても減らない仕事の山は私を解放する気などないようだし、同僚の目を盗んで掛けたラブコールも虚しく空振りに終わることの方が多かったのだ。
彼だって私同様に努力をしてくれていたはずだ。だけどやはり私は彼からの電話を取れず、休みはかみ合わず、すれ違ってばかりいた。
でも、全くの消息不明だった頃に比べたら、天と地ほどの差がある。だって今の私は、彼の連絡先を知っている。会いたいと願えば会える。なにより重要なのは、彼がこの国で生きているという現実。私はそれを知っているのだ。
もちろん“あの日”から再会するまでの間、私は彼の生存を信じていたし、疑ったことなど一度もない。でも信じることと知ることは全く別の話。そしてそのことがどれほど私を力付けるのか、多分彼は知らないだろう。
まあ、それはともかくとして。
いつものように何度かのすれ違いを重ねたところで、ようやく電話が通じたのが一昨日のこと。休暇が取れていると伝えたら、そういう事はもっと早くに言え、と文句を言われた。でもその咎める声が妙に嬉しそうで甘く聞こえたのは、どうしてだったのだろう。――私と同じ気持ちだったからと、思っていいよね?
溜息にも似た息を吐き、視線を上げて人の流れを見やる。ざっと見渡して、あれ、と意識の隅に引っかかるものがあった。その原因を探してもう一度視線を巡らす。そうしてその人を見つけた瞬間、ゾクゾクするような胸の高鳴りを感じた。
一人の男が、私に向かって歩いてくる。物憂げな眼差しと、優雅な身ごなしで。人混みの中を誰かにぶつかることもなく、だけど無理に避けているふうでもなく、その動きは自然でなめらかだ。
あぁ……なんてセクシーな男(ひと)なんだろう。いつもいつも、思うけれど。今もまたつい見惚れてしまいそうになる。
でも、ねぇビリー。どうして今日は前髪を下ろしているの? いつもは全部上げて後ろに流しているじゃない。
きっと理由なんてなくて、ただの気まぐれとかそんなところなんだろうけど、でも。その前髪を下ろしている貴方は、私だけのもの。そう思うのは欲張りでわがままなのかしら。
じっと見ていたら、前髪の奥にある藍色の視線と私の視線が重なって、彼の口元がちらと笑んだ。
触れられるほど近くまで来たら、挨拶よりもなによりも先にあの髪を全部掻き上げてやろう。そうしていつものビリーを手に入れるんだ。
- Fin -