Farewell
2011.09.13.
夕刻、私たちはこの一連の任務に関する最後の報告書を提出した。
それは私と、パートナーだったクリス・レッドフィールドの連名で出される公文書であり、パートナーとして行う、最後の仕事でもあった。これで全部終わったんだ――そう思ったら急に疲労感が押し寄せてきて、私は自分の椅子にぐったりと座り込んでしまった。
数ヶ月掛かって、一つの任務がようやく終わった。
数ヶ月に渡った任務が、終わってしまった。
そう、心の内を満たしていたのは“成し遂げた”という達成感ではなく、終了を残念に思う気持ちだったのだ。達成感はもちろん、ある。終了を惜しむだろう、とも予想していた。自分のことだもの、理由は分かっている。
だけどこんなにもはっきりと表に出てくるほどとは、我ながら予想外だった。
想像以上に、落ち込んだ。
それを知ってか知らずか――多分気付かなかったろう。達成感とそれに伴う虚脱感だと思ってくれたのだと、願う――クリスは任務終了祝いだと言って私を夜の街へと誘ってくれた。そういうことならば、断る理由もない。手早く机上を片付けると、重い体に鞭打って私は彼を追った。
この夜私たちは、昨夜までなら絶対に出来なかったことをした。つまり、二人だけで出かけ、二人そろってお酒を飲んだということだ。
けれど私は、過ぎた酒のもたらす数多の失敗談を知っているし、実際にその様子を見てもいた。だから私は彼に醜態を――ひいては本音を――晒さずに済むよう、用心深くアルコールの摂取量を調節する。それは彼にしても同じだったかも知れない。彼のキャパシティがどれほどのものかは知らないけれど、今夜飲んだ量はあまり多くなかっただろう。アルコールの入った彼は普段よりも随分と陽気で饒舌だったけれど、それ以上の変化はなく、目付きも足取りも素面の時と変わりないしっかりとしたものだったから。
だから、だったのだろうか。そうして過ごした数時間は、独特の開放感に満ちた楽しいものだったけれど、同時にひどく気疲れするものでもあった。
互いになにかを隠している、という程ではないけれど。上手く言えないけれど、二人の間には今朝までとはどこか違う雰囲気がある。
そんな漠然とした感覚があったのだ。
夜も更け、ほとんど素面でただの同僚でしかない二人が一緒に居ても不自然ではない時間帯が終わろうとする頃。彼は紳士らしく、礼儀正しく、ささやかな祝宴の終了を宣言した。支払いを済ませ、店のそばでタクシーを拾い、まっすぐ私の宿舎へ向かう。
そうしてタクシーが止まったのは宿舎の前、本当に玄関先だった。車を降り、見送ろうと振り向くと、なぜか彼も車を降りてきた。その理由が分からず、しばし戸惑い、立ち尽くす。
無言の彼と戸惑う私。一分ほどもそうやって見つめ合っていたろうか。ようやく口を開いた彼は、胸が痛むほどの優しい眼差しをしていた。
「ありがとう。きみと組めて良かった」
全部済ませたと思っていたのに、うっかりしていた。出来ることなら忘れたままやらずにいたかった。でももう、回避するすべはなく、私はそれに応じるほかなかった。
「それは私のセリフよ。あなたと組めて本当に良かった」
差し出された手をそっと握り返す。それは間違えようのない、別れの儀式だった。
じゃあ、また。
そう言った彼が浮かべていた表情は、とても気安い笑顔だった。昨日と同じ。まるで「また明日」と言っているかのようだ。
私も同じように返す。それじゃ、また。
でも分かっている。昨日までと同じ明日なんてこない。ここで分かれたらもう、私たちは明日会う理由も必然性も、ない。おそらく“また”会うこともないだろう。
彼は待たせたままだったタクシーに乗り込む。ドアが閉まってから五秒と経たぬ内に、無遠慮にもタクシーは発進してしまった。別れを惜しむ余裕さえなかったが、それで良かったのだと思う。
遠ざかる車のテールランプに、私はそっと別れを告げた。
さようなら、ミスターBSAA。あなたと組めて幸せだった。
- Fin -