夜鷹と死神
2010.12.14.
「よう死神。コーヒー飲むか?」
油臭いガレージの片隅で装備品の手入れをしていたハンクは、入り口に凭れて立つ男を見た。それは彼と関わりを持ちながらもいまだ生き存えているヘリパイロット、“ナイトホーク”だった。
大抵の人間は彼にまつわる逸話のせいか、あるいはその不名誉な二つ名のせいか、はたまたその両方のせいなのか、とにかく極力彼を避けようとする。なのにナイトホークはその逆で、なにかとハンクに関わろうとしてくる。物好きな男だ、というのが彼に対するハンクの印象だ。
「要らん」
任務の成否と命に関わる大事な装備の手入れをしているのだ。邪魔はされたくない。とりつく島もないように冷たくあしらえば、消えてくれるだろうか?
しかし――
「そう言うなよ。せっかく持ってきてやったんだから。ありがたく飲みやがれ」
ナイトホークは了解も得ていないのにずかずかとガレージに入ってきて、挙げ句に手近なオイル缶に腰を据えてしまった。
悲しいかな、さっさと追い返そう、というハンクの目論見は儚くも失敗したようだ。彼は諦めて手を止めると、差し出されたコーヒーを受け取った。
「赤毛の女」
パイロットがそう切り出すと、死神からは冷めた視線が返って来た。ひるまずに続ける。こんなのはいつものことで、そもそも死神の視線が暖かかったことなどない。
「最近見かけないな」
ああ。
任務中とは似ても似つかぬ、ぼんやりとした声。
「出てったよ」
羽休めをしていた渡り鳥が旅立っただけ、とでも言いたそうな口振りだった。
「……またかよ。今年に入って何人目だ? 三人、いや四人か?」
「――長くなると後が面倒だ。潮時だっただけさ」
自分たちのような、いつ死ぬとも知れない連中と、遊びではなく本気で付き合える女なんていない。逆に言えば、もしそういう女が居たとして、自分がその女に“本気”になってしまったとしたら、もう戦場には行けなくなるかも知れない。そうしたらもう自分は兵士ではいられない。兵士でない自分など、存在する価値もない――。
それが特定の女性との関係が長続きしない、ハンクの言い分だった。
それについては、ナイトホークも同じ考えだ。だからその理由は理解できる。もっとも、ナイトホークはヘリパイロットだから、ハンクとは少し違うのだが。いつかもしそういう女が出来たとして、兵士でいられなくなったとしても、空を飛べる限り彼は大丈夫だ。
もちろん、女性の言い分は全く違う。
だが彼らがそれを知る日は、永遠にこないだろう。
「“後腐れなく”がお望みなら、その辺で買ってこいよ」
「商売女(そういうの)は趣味じゃない」
……でもヤることはヤりたいってか。
呆れたような溜息混じりの笑いを漏らし、ナイトホークは言った。
「面倒臭い男だな」
- Fin -