Just Fit!
2008.11.06.
自販機の前には、小さなテーブルとイスを並べた休憩スペースがある。そして申しわけ程度の喫煙エリア。栗色の髪をショートカットにしている彼女、レベッカ・チェンバースはそこから一番遠い場所を選んで座っていた。
「あら、引っ越しでもするの?」
そう声を掛けられ顔を上げると、自販機の前に彼女が敬愛する先輩ジル・バレンタインがいた。何かのボタンを押した後らしく、落ちてきた紙コップに液体が注がれるのを待っているようだ。レベッカは無意識の内にばつの悪そうな表情を浮かべて、軽く肩を聳やかした。
「いえ、したいなって思ってるだけです。そんなヒマありませんよ」
同意半分、納得半分でジルが頷いた。夜中だろうが休日だろうが、ひとたび“事件”が起きれば容赦なく呼び出される自分たちの仕事を考えれば無理もない話だ。
「ただ、物が増えちゃって。ずっとどうにかしたいと思ってて、暇をみてはお掃除とか片付けとか頑張ってるんですけど、でもそれじゃなかなか減らないでしょう? だから、思い切って引っ越しした方が色々スッキリするのかなって」
溜め息混じりの言い訳だった。
レベッカは今住んでいる場所が嫌な訳ではない。職場までは結構近いし、治安もそう悪くない。近所にはおいしいデリもある。本当に不満などないのだけど……だけれども。強いて不満を挙げるとすれば、あまりにも職場に近すぎる、ということだ。それが考えられる唯一の難点と言えよう。
あのラクーンシティ、それもS.T.A.R.S.の生き残りということで、ジル同様レベッカだってこの職場ではそれなりに顔と名を知られた人間だ。だから、こちらが知らなくても相手は知っているというのはよくあることだ。そして、恋人の存在が知られているジルとは違い、レベッカはフリーということになっている。
そう頻繁にではないにしても、彼女の部屋を訪れる男がいる。今の場所にいてはそれを感づかれる、あるいは目撃される、そしてなにかしらの噂が立つのは時間の問題だった。
隠す必要など、ない。
彼が“死人”だと、気付く者もいないだろう。
しかし彼は、ビリー・コーエンは、いまだ“死人”で秘密の恋人だった。
「それで」
いつの間にか両手に紙コップを手にしたジルが向かいに立っていた。片方のコップをレベッカの前に置いてジルは尋ねる。
「もし引っ越すとして、家具はどうするの?」
「そうですねぇ……ほとんどはそのまま使うでしょうけど、いくつかは買い替えちゃうかも」
そう聞いて、ジルは意味深長な笑みを浮かべた。そうして内緒話をするかのように顔を寄せて耳打ちする。
「どうせならベッドを替えなさい。シングルじゃダメよ、せめてセミダブルに」
身体を引き起こした彼女は再度笑んだ。
お先に、という言葉とウィンクをひとつ残して、敬愛する先輩は優雅に歩き去る。
あとには、冷や汗をかきながらも顔を火照らせたレベッカがひとり。
- Fin -