Carlos & Jill
2006.09.02.
「だから、命の保証は出来ないって言ってるの」
彼女はもう苛立ちを隠そうともしていない。話が堂々巡りを始めてから30分は過ぎているのだから、それも仕方のないことだろう。
「死んでしまうかもしれないのよ」
絶対に現実となって欲しくない可能性を口にしたとき、彼女の顔には悲痛な色が浮かんでいた。なのにそう言われた男はと言えば、もはやトレードマークの様になっているいつもの不敵でチャーミングな笑みのまま、頬杖をついて彼女を見つめているばかりだ。
「貴方には関係のない戦いなの。だから一緒に来てはだめ。このまま外にでて、何処へでも好きなところへ……行って」
行ってしまいなさい。そしてもう二度と私の前に現れないで。
勢いを失って尻窄みに小さくなっていく彼女の声。最後までは言えなかった。なぜ、と自問する必要など無い。それが本心とは真逆のことだからだ。ジルは唇を噛み俯いてしまった。
きっと彼女はこれ以上何も言わない。そろそろこっちの話を聞いてもらう頃合いだろう――そう感じたカルロスはそっと尋ねた。子供をあやすような、甘く優しい声音で。
「そんだけ?」
言葉が意味するところを理解できず、彼女は顔を上げて問い直す。
「え?」
「言いたいことはそれで全部?」
少しの間をおいてジルは頷いた。声を出したら、これまで彼に対して言ったことの全てを覆すような言葉を――本音を――言ってしまいそうだったから。それだけならまだしも、すがりついて泣き出してしまうというような失態を犯してしまうかもしれない。
「なぁジル。あんたが正しい事をしようとしてるのは分かる。そんで大体は正しいんだろう。でもな、気付いてないみたいだけど、間違ってる事だってある。それが分かってなきゃ、あんたはその戦いに勝てねぇよ」
彼は頬杖を外し、椅子に背を預ける。
「まずひとつ。死ぬかもしれないなんてあんたにとっちゃ最高の脅しのつもりなのかもしれないけどな、俺にとってそうじゃない戦いなんて今までひとつもなかった。あんたにとっては意識も苦労もせずに済ませられるような、例えば今日一日を無事に終えるとかいうようなことさえ命がけだったんだ。これからだってそうさ。安全が保証されてるならそれは戦いじゃなくて、ただのゲームだ」
息を継ぐ。瞳に暗い影が落ちたが、彼はそのまま続けた。
「それから俺には関係のない戦いって、そう言ったな。残念、俺にだって大アリだ。――ああ、確かに俺は奴らの犬だったさ。クソみてぇにひでぇ国(ところ)からこっちに連れてきて貰ったって恩もある。そりゃあ最初はさすがにウマ過ぎる話だとは思ったけど、でもそん時はそれしか方法がなかったんだ。それは多分俺だけじゃなかったはずだな。……あんたの言いたい事は分かるよ、奴らのウマ過ぎる話の裏にあるモノを見抜けなかった俺らが馬鹿だったんだ。それに俺たち傭兵の大半は生きてる価値もないような野郎ばっかだったかもしれねぇ。でもあんな風に死んでいい奴らなんて一人だっていなかった。多少なりとも俺たちは奴らを信じてたのに、奴らはあっさりと嘘を吐いて俺たちを切り捨てた。いやもっとひでぇかな、なにしろモルモット扱いなんだから。――どっちにしろ俺にとっては裏切りも同然さ。それが許せない。昔っから言うだろ、“裏切り者には死を”って」
永遠にも思えるような一瞬の沈黙が二人の間に落ちた。空に漂う言葉と男の暗い瞳が、これまで彼が送ってきたであろう人生を暗に伝えてるようだった。それはきっとジルが想像出来る範囲を遙かに超えたものであるに違いない。
「あぁ、そうそう。どこへでも好きなところへ行けってさっき言ってたけど、俺が行きたい場所なんてひとつしかないんだぜ」
それまでの口調をガラリと変えてそう言うと、彼は口の両端を引き上げにぃっと笑った。そこには無条件の信頼と、彼女に対する好意があけすけに、隠そうともされずに現れている。少しの間をおいてから続く言葉を放った。
「あんたのとなり」
だから――。
「あんたに嫌な思いはさせたくねぇんだ。だから、なぁ。一緒に行ってもいいって、言ってくれよ。邪魔しねぇし、少しは役に立てると思う。最悪タマ避けの盾くらいにはなってやれる。それに、自分の面倒は自分でみられるって事は、もう証明してみせたよな?」
- Fin -