Jack Krauser
2006.01.16.
季節が冬へと移行してからまだ日は浅いはずなのに、今年最初にやってきた寒波は、猛烈な冬の嵐を巻き起こした。その威力たるや凄まじく、昼頃から降り始めた雪はみるみる積もり、僅か数時間で一冬の半分に相当する量が積もった。今現在雪は止んでおり、空は小康状態を保っているが、じきにまた降り出すだろう。
日が沈んでから数時間が経っている事もあり、気温は氷点を遥かに下回っている。吐息は真っ白な雲となっていつまでも消え残るし、直接冷気に晒されている肌はヒリヒリと痛む。こんな冷気をいつまでも吸い続けていてはその内肺まで凍ってしまうに違いない。
――クソ忌々しい。
元合衆国陸軍の軍人であり、現在は傭兵を生業としているジャック・クラウザーは胸の内でそう吐き捨てた。いつ吹雪となってもおかしくないこんな凍てつく夜に、雪に埋もれた森を歩かねばならないこの現実と、そうせざるを得なくさせた人物に対して唾を吐きかけたい気分だった。どう考えても、コイツは最低なハイキングだ。
サーチライトのように強力な懐中電灯の光が、真っ暗な森を舐めるように移動する。右へ、左へ。ライトを振りながら歩き続け、クラウザーはようやく目標物を発見した。
――フン。
知らぬ間に彼は鼻を鳴らしていた。ライトが作る丸い光に照らされ暗闇の中に浮かび上がるのは、一人の男だった。御丁寧にも氷雪地用の迷彩ジャケットを着ているところがまた忌々しいとクラウザーは思う。雪の上に明確な痕跡を残していながら、よりによってあんなものを着ているなんて。発見されたいのか、されたくないのか、一体どちらなのか。
どちらにしろ、あの男がクラウザーに雪山ハイキングをさせた張本人であり、任務を遂行のためにクライアントからあてがわれたパートナーであるのは間違いない。もっともパートナーと言えば聞こえは良いが、クラウザーにとっては荷物に等しい。なにしろパートナーたるあの男は未熟に過ぎるのだ。……今は、まだ。もう少し彼が物事を覚え柔軟で冷静な判断力を持てる様になれば、あるいはクラウザーの認識も変わるのかもしれない。
彼は柔らかな新雪に足を取られながらもパートナーに近寄ると、跪いて状態を調べる。外傷はないが、意識もない。しかし生きている。ここはひとまず安心するべき、なのだろう。
「こんな所で野垂れ死にされたんじゃ、俺の評価が下がるんだよクソ野郎」
そう吐き捨てると、クラウザーは優男のパートナーを砂嚢でも扱うかのように、乱暴に担ぎ上げる。そして雪に足を取られて転ばぬよう、慎重に白い大地を踏みしめながら下山を始めた。
- Fin -