Miss
2005.08.02.
柔らかな衣擦れの音。
ベッドのマットレスにあった僅かな傾きが続いて消える。薄目を開けて見ると、ガウンを羽織った彼女が立ち上がったところだった。
……ちぇっ。
もうちょっと早く目が覚めれば、もう一度ベッドの中で彼女を抱きしめられたのに。仕方なく俺はシーツについた彼女の温もりと残り香を撫でた。
そんな些細な動きに気付いたのか、彼女が肩越しに俺を見た。俺も目を上げるとそこで視線が合い、秋空のように澄んだブルーの瞳が甘く笑む。途端に、別に悪いことをしてたわけでもないのに、何故かいたずらを見咎められたような気分になった。
「おはよう。あなたも起きたらどう? いい天気よ」
身体ごと俺の方に向き直り、何故かほっとしたような表情で彼女が言った。そう誘われてはいつまでも寝てるわけにもいかず、俺ものそりと起きあがる。その時腰にブランケットを巻き付けるのを忘れない。だって何も着ずに寝てたから。……別に、彼女になら見られたってどうということもないけど、それでも、こういうのって親しき仲にもなんとやらってやつだろ? ましてや今は朝なんだし。
俺はあくびをしながら彼女の動きを追った。彼女は窓際に移動していき、きびきびとした動作でカーテンと窓を開ける。差し込む朝日と新鮮な空気が室内に残る昨夜の名残を洗い流してしまった。
家中の窓で同じことをし、新しい一日を呼び込もうと彼女は俺の目の前を横切る。
「ジル」
今まさに部屋から出ていこうとしていた彼女を呼び止めた。振り向く彼女のしなやかなボディライン以上に、肩の少し上で揺れる髪の方が気になった。
ミス・パーフェクトのケアレス・ミス。もうしばらくしたら消えてしまう運命にある、髪に付いた僅かな寝癖。たったそれだけのものが、彼女の表情をまるでティーンエイジャーのようにあどけなくて無防備なものに変えている。――少なくとも俺にはそう見えるんだけど、そんなこときっと彼女は知らないだろう。
「なぁに?」
あまりにも無防備過ぎるきみの表情、そしてきみの唇。だけど拒絶が怖くて、キスがしたい、なんて言えなかった。それでも呼び止めた以上は何か言わなくてはと思い、結局当たり障りのない朝の挨拶をえらぶ。
「――おはよ」
それを聞くと彼女は微笑みを残して部屋を出ていった。
彼女が立てる物音をBGM代わりにして服を着る。窓際に寄せたイスに座ってタバコに火を掛け、どうしてさっき彼女を呼び止めたりしたのか考えた。
――あぁ、そうか。
多分俺は、俺だけが知っている彼女をもう少しだけ見ていたかったんだろう。
- Fin -