JUNK : 06

Rainy Day

2005.06.06.

 はっきり言ってしまえば、それはとても意外な出来事だった。
 カルロスが傘も持たずに外に出てずぶ濡れになって帰って来た事を言ってるんじゃないわよ。そんなのはしょっちゅうだもの。何度言ってもきかないのよ。片手が塞がるのが嫌だとか、雨に濡れるのが好きなんだとか適当なこと言って、全くそんなトコだけ頑固なんだから嫌になるわね。風邪ひいたらどうするつもりなのかしら。健康そのもので病気とも怪我とも無縁なのはよく分かってるけど、万が一の可能性は捨てきれないじゃない。
 えぇと、そう、だからそのことじゃないの。
 いつものようにずぶ濡れになって来た彼に、私はいつものように玄関先でタオルを渡した。その時それに気付いたのだ。彼は左の懐に、何かを持っている。そうと分かるほどはっきりと、大切そうに抱えてる。もぞもぞと動きだしたそれの姿を見て、私は一瞬言葉を失った。
 ――猫! それもまだすごく小さな子!
 なんてこと。この人、小猫を拾ってきたのね。必要であれば人を殺すことだって厭わないこの人がまさか小猫を気にかけてその上拾って来るなんて、一体誰に想像出来るというの。正直言って、私だって彼がそういうことをする人だとは思わなかった――今の今まで。だから意外だったのよ。
 タオルを受け取った彼は、その場にしゃがみ込んでから自分よりも先に小猫をタオルでくるみ、そぅっと優しく拭きはじめた。その姿を見て、全く少しも嫉妬しなかったといえば嘘になる。そうして、小猫に嫉妬する自分に気付いた途端、恥ずかしいというか情けないというか、自分に呆れた。幸いにも彼は濡れそぼった小猫を拭いてやるのに一生懸命で、そんな私の様子に気付かなかったらしいのがせめてもの救いかもしれない。
 つとめて平静を装い、私は彼に問いかける。
「カルロス、その子どうしたの?」
「拾ってきた」
 ……それは見れば分かるのよ。聞き方が悪かったのかしら。
「そうじゃなくて――」
 言葉は無意識のうちに出た溜息混じりで。自分ではそういうつもりはなかったんだけど、私は随分冷たい言い方をしたんだろう。拭く手を止めて私をぱっと見上げた彼の瞳は、傷ついた子供みたいだった。あぁもう、本当にそんなつもりなかったのに――。これじゃまるで彼を苛めてるみたいじゃない。
「ごめん、怒んないで。濡れて震えてるの見てらんなかったんだ。ここで飼えないのは分かってる。雨上がったら飼ってくれる人探しにいくから」
 先手を取られてしまった。そんな風に言われてしまっては、元いた場所に戻してこいなんて言える人がどこにいるというの。
 もう。仕方ないわね。
 私はタオルをもう一枚彼に渡すと、代わりに彼の手から小猫をとりあげた。その子は全体的に茶トラ模様で、鼻先と四本の足の先がまるで靴下をはいたように白い。瞳はカルロスと同じ琥珀色で、オス猫だ。……なるほど、我が家にもう一匹オス猫が増えるということね。
 猫が私を見て鳴いた。
 ――そうね。お前は悪くない。お前を拾ってきたカルロスだって、悪くない。責められるべきなのはお前を捨てたどこかの誰かよね。
 今度は意識してわざとらしく大きな溜息をついてやる。それに敏感に反応した彼が口を開いた。
「あの、ジル、ほんとにごめ――」
 私はそれを途中でさえぎり、彼の頬に軽くキスをしてにっこりと笑った。
「ねぇ、ミルクがないの。買ってきてよ」

 やっぱり傘を持たずに嬉しそうに出ていくあなたの背を見送り、私は再び笑った。多分、今度は相当意地の悪い笑みになっていたはずだ。
 あなたが出てる間に私はこの子と仲良くなる。そして私と同じ気持ちを味わうといいわ。



- Fin -





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